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星屑街の戦  作者: ゆげの
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幕間1 深夜の飯テロ弥生らぁめん




 昨夜は九死に一生を得たが、翌日も(そよぎ)は懲りずに星屑街にいた。

 本当にすべての能力者に能力の使用を制限しないのであれば、あのくらいの"事故"は覚悟しなければならないだろうと思ったからだ。

 とりあえず五体満足だったことだし、もう少し様子見とする。まるで日常がチキンレースだ。


 この日、戦は「階段を上るのが面倒くさい」という理由で中層区47階層十一番地の自室から下に向けて散策をしていた。一日中足を棒にして、最後に辿り着いたのがもうすぐ下層区という人通りのほとんどない高架下のデッドスペースなのだが、その一角が謎の賑わいを見せていた。

 頼りない街灯の下、深夜帯にもかかわらず複数の人の声。どうやらリヤカーの屋台があるようで、今日も酔っ払いが集っているのだろう。散策中に既に一杯ひっかけていた戦はここを今日の最後の寄り道場所にしようと決めた。というか、ここでなければ次にいつ人と会えるか分からないので帰れない。

 屋台には赤い暖簾で「弥生らぁめん」の文字があり、湯気が立ち上っていて抗いがたい吸引力があった。すでに先客が3人、ひっくり返したビールケースを椅子にしている。カウンターの空きは二つあるので戦は迷うことなく暖簾をくぐった。


「こんばんは~お邪魔しまーす」

「おう」


 いらっしゃい、ですらない雑な店主の迎えを気にも留めずに座る。先客の三人は無遠慮に戦を見て赤ら顔で声をかけてきた。


「おー兄ちゃん見ない顔だね。」


 メンマをつまみに焼酎をひっかけるおっさんが一人。ハンチング帽がトレードマーク。


「うん。散歩してたらここに吸い込まれた。こんなとこに屋台があるとかびっくり」

「星屑街で生きてて弥生を知らねえなんてとんだもぐりだぜ」

「いやぁ、来て三日目だし」

「三日で来たなら優秀だな! 見どころあるよ兄ちゃん!」

「どもども」


 急に因縁つけたり褒めてくれたり手のひらくるくるの二人目の禿げたおっさん。ハンチング帽と一緒に飲んでいるらしい。


「ここそんなに有名なんだ。弥生ラーメンだっけ。おじさん、おすすめ一杯ください」

「おう」


 そして店主からはまだ「おう」以外の言葉をもらえていなかった。紺の前掛けに弥生らぁめんの文字が躍るタオルを頭に巻いた頑固そうなおやっさん。

 戦は散歩の途中で貰ったワンカップを勝手にハンチング帽の手元に置いてへらりと笑う。


「酔っぱらう前にお願いしときたいんだけど、帰るときに道教えてくんない? 公共住宅までなんだけどもう全然わかんない」

「俺近いからいいよ~」

「あんがとー助かる―!」


 手を上げてくれたのは禿げの方だったので、ワンカップはそちらにパスされた。


「いやあ、昨日は迷子になって死にかけてさ」

「へへへ、初心者にありがちなやつな」

「大げさねえ。一晩耐えれば誰かしら捕まるわよ」


 先客の三人目。二人のおっさんから席を一つ開けて屋台の一番奥にいるのは男…女…?

 よく分からなかった。とにかく言動は女性なので女性として扱えば問題なし、と戦は判断した。夜の店で働いていそうな雰囲気漂う戦より一回り程年上らしき女性(仮)。心の中で姐さんと呼ぶことにする。


「そう思ったんだけど、化け物にエンカウントして即死しかけたんだわ」

「まあそれもよくある事故だけど、化け物なんて大げさよ。うさぎや彗星でもあるまいし」

「斧持ったでかいうさぎの着ぐるみに襲われて、空から赤いヒーローがシューティングしてきて近隣が瓦礫になってどさくさ紛れに脱出できた」


 昨夜あったことを端的にまとめて伝えると三人と店主が目を丸くした。


「そういえば昨日はどっかでうさぎと彗星のじゃれ合いがあったらしいな」

「お前さんそんなのもろに当たって生きてたんか。それも町に来ていきなり!」

「すんごい悪運と豪運ね! サイコーじゃない!」

「人の九死に一生エピソードを全力で楽しんでくるね!? 別にいいけど!」


 わっと身を乗り出してくる三人の酔っ払い。いっそ明け透けで気持ち良いくらいだ。


「ちょっと、おやっさん。この子に一杯あげて。あたしおごっちゃうわ」

「え、いいんすか。そんな、ラーメンまで悪いなあ」

「ちゃっかりしてるわね。いいわよ、気に入ったわ。先がありそうな男にはサービスしてあげちゃう」

「え、俺らまでいいんすかベティ姐さん」

「先のないおっさんに奢る金はねえ」

「つれねー」


 ここで姐さんがベティ姐さんであることが判明した。

 掴みが良かったおかげですっかり全員で話せる空気になったので、戦はこの機に色々気になることを聞いてみることにした。おやっさんが出してくれた濃すぎる焼酎をひと舐め。


「あれってよくあることなの?」

「よくあるけど、そこまで間近に遭遇して五体満足で生還する奴初めて見たわ」

「よくあることではあるんかーい」

「あの二匹がたぶん最強だからなぁ。巻き込まれたらただじゃすまねえよ」

「おっと最強議論はやばいぞ。その話を持ち出すのは穏やかじゃねえよ」

「ミタさんは青嵐派だもんねぇ」


 ハンチング帽の名前はミタさん。謎の青嵐なる人物含め、この町の"やばい奴"の情報が集まってきた。


「ランキングトップ3年防衛だぞ青嵐さんは!」

「実際やりあったらうさぎか彗星のただの暴力が単純に強いだろうが!」

「あーもう、どうせここじゃ分かんないことでぐだぐだ揉めんじゃないわよ鬱陶しい!」


 ミタさんとハゲの口論が盛り上がってしまったのでそれは置いといて、戦は焼酎片手にそそくさとベティ姐さんの隣へ席を移らせてもらう。


「なんか繊細な話題なのね」

「みんな大好きだけど面倒くさい話題なのよ。最強能力者論議は」

「球団の話みたいなもんだな……」


 戦にはよくわからないが、話からするにランキングというものがあるのなら既に答えが出ていることなのでは、と声を潜めてベティ姐さんに問えば、なかなか複雑な答えが返ってきた。


 曰く、ランキングとは住民の中から選出および年に一回のランキング戦というトーナメントで決められる能力者の強者順位のことだという。

 ランキングは住民登録をそのまま活用しており、指定されたエリアで戦闘が起こると自動的にポイントが加算。トーナメントへの参加はポイント順に招待が来る上での自由参加。しかしランキング上位10名ともなれば左うちわの生活が出来るらしく、自由参加を断る者はいない。

 青嵐という人物はそのランキングで3年も首位を守っているとのことだ。そりゃあ最強の呼び声も高い。

 能力者は競争意識と闘争本能高い。無闇に暴動を起こされるよりは公認のシステムとして可視化するほうがまだましなのだろうが、随分思い切ったお祭り騒ぎだなと戦は思った。


 しかし例外も発生するようで、対抗馬としてあがっているうさぎは町内会が所有する最強のアニマルマスクであり、つまりは運営側なのでランキングには登録されていない。当然トーナメントにも出ない。

 そして莫大な賞金と補償金で良い暮らしができるランキング上位者がわざわざ運営ともめ事を起こす訳もない。上位者とアニマルマスクがバトルをする状況はまずありえないため、アニマルマスクは全員ランキングのどのあたりに位置するのかは不明になっている。


 もう一人のコメットスター、彗星とも呼ばれているようだが、彼に至っては正体不明のヒーローであり、ランキングにも未登録。しょっちゅうアニマルマスクとやりあっているようで、その評判と実被害から最強の呼び声が高い。


 ランキングの絶対王者青嵐。アニマルマスク最強のうさぎ。そのうさぎと唯一対等にガチンコするコメットスター。

 星屑民の最強論議は基本この三強で対立するが、他のランキング上位者やルーキーなんかも話題に上がって住民は面白おかしく騒ぎ立てるのだ。通りで昨日もうさぎとコメットスターの乱闘現場をわざわざ見に行くやじ馬がいたわけだ。


「ラーメンお待ち」


 話の切れ目にタイミングよくラーメンを渡された。

 湯気が夜闇に溶けていく、最高の夜食。わかめとなるとが浮かぶ昔ながらの醤油ラーメンといった風情のそれを、割りばしで掬った瞬間に戦ははっとした。

 香ばしい醤油の奥にふわりと鼻を抜ける魚介出汁の香り。屋台ラーメンってこんなにちゃんとしているものなのか、と一気に期待が膨れ上がる。

 生唾を飲み込んでひと啜り。


「うっ……ま!」


 こんな辺境の町の、こんな僻地で感動の一杯に出会った――

 魚介出汁の効いた濁った醤油スープは懐かしい味に感じるのにコクが深く、細めの縮れ麺がスープがたくさん絡んで最高。具はメンマ、ナルト、わかめ、チャーシューが一枚。オーソドックスだが完璧な布陣だ。

 後引く味わいに箸が止まらずにズルズルと半分くらいを一気に食ったところで汗ばんできて水で小休止を入れると、いつの間にか大人しくなっていた酔っ払いたちがニヤニヤと戦を眺めていた。

 夢中で食ってしまった。恥ずかしい。


「み、見てんじゃねーわよ!」

「うまいだろ」

「むちゃくちゃうまい」

「おやっさんのラーメン最高だよな」

「至高のシメラーメン」

「そうなのよ。結局最後は弥生に来ちゃうのよ……」

「わかる。わかりみしかない」


 ミタさん、ハゲ、ベティ姐さんとそれぞれ褒め称え合う。戦はのびないうちに続きに手をつけることにした。駄弁っている場合ではない。

 三人が繰り広げる弥生らぁめんこそ至高トークを聴きながら戦はスープまで飲み干してパンと手を合わせた。


「ごちそうさまでした!」

「おう」


 おやっさんの返事はやはり簡素だったが、心なしか声色が温かい気がした。


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