第60話
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2017年5月26日午前10時2分。月井と今村は新宿の街を歩く。辺りは朝の歓楽街だ。人が抜けて閑散としていた。さっきルールーを回ってきたのだが、野際兼子と軽く会話した程度で、特に収穫はない。岡田徹・高木梨帆殺害の二つのヤマは、捜査が行き詰まっている。捜査本部にいる岸間から特に連絡がないところを見ると、新宿の街を張り続けるのが仕事のようだ。無線は稼働していても、他の刑事からこっちには特に連絡がない。
月井は蒸される日差しの中、歩きながらタブレットを見ている。仕入れていた過去の事件情報はパソコン用のUSBからタブレット本体に移し、バックアップも取っていた。ネットなどで事件を探るのは常套化された手段だ。現代社会で活動する警察官なら、誰もが常にやっている。
事件捜査は基本的に二人一組で行う。月井にとって今村は相方なのだが、所轄の刑事ということもあって、本庁のデカより幾分劣る面があった。いや、劣るというよりも、捜査慣れしてなくて鈍い感じがするのだ。月井たち警視庁所属の警察官は高度な訓練を受けている。所轄の捜査員は体を使ってやるにしても、頭を使うにしても、警視庁のデカより半歩ぐらい遅れていた。
だが、月井は今度の事件捜査も勉強になると思っていた。新宿山手署は新宿区のど真ん中にある所轄署だ。本庁とも対等に渡り合える刑事がいる。半歩遅れた感じのデカの中でも、巡査部長の今村は月井に全力で付いてくるのだった。それは十分分かっている。
捜査本部にいる上役たちはいずれ捜査範囲を絞り込んでくるだろう。新宿区と港区に事件の痕跡がある。メインの捜査はおそらく新宿で行われるものと思われた。
午前11時15分。月井は開いていたタブレットをいったん閉じて電源を切り、右手に抱え持つ。そして辺りを見回した。ビル街には多数の人間がいる。早々と昼食の時間帯が近付き、月井たちはしばらく街の様子を見た。見慣れた光景の合間に光が乱反射し、真昼の蜃気楼が仄見える。人の流れは飲食店の方へと回り始めた。ランチタイムだ。一定の緊張感があっても、空腹を覚えてしまう。缶コーヒーを買って飲んでも、含まれる糖分ぐらいじゃ凌げない。月井が一度天を仰ぎ、その後、今村に、
「正午には我々も食事休憩しましょう」
と言った。
「そうですね。それがいいです」
今村がそう返し、口元を結ぶ。そして辺りに目を光らせた。繁華街には人の流れが続く。ずっと……。(以下次号)




