特別番外編十二 小さな登録証
養成院の第一期生に、正式な登録証が配られる日が来た。
まだ一人前の救助具師ではない。
登録証にも『見習い』と大きく記されている。使える救助具も限られ、単独出動は許されない。
それでも、ユリスは自分の登録証を受け取った瞬間、指先で何度も縁をなぞった。
「軽いのに、重いです」
彼が言うと、エラも頷いた。
「名前が入っているからだと思います」
登録証には、名前、所属、見習い番号、緊急連絡先、そして小さな赤糸の印が縫い込まれていた。偽造防止のためだけではない。登録証を落としたとき、救助具が拾いやすいようにするためでもある。
コレットは生徒たちの前に立った。
「登録証は、あなたが特別偉くなった証ではありません。あなたが確認される側にも、確認する側にもなったという証です」
生徒たちは真剣に聞いている。
「これを見せれば現場に入れる、と思わないでください。これを見せたうえで、手順を守るから現場に入れるのです。登録証は扉を開ける鍵ではなく、扉の前で立ち止まるための札です」
ユリスは自分の登録証を見た。
扉を開ける鍵ではなく、立ち止まるための札。
それは少し不思議な表現だったが、彼には分かる気がした。
去年の冬、川へ飛び出す前にこの札があったら、自分は一度立ち止まったかもしれない。助けようとする気持ちを捨てるのではなく、助けるために考えたかもしれない。
授与のあと、リネットが生徒一人ずつの登録証を確認した。
「本人確認、完了」
その声を聞くたび、生徒たちは少し背筋を伸ばした。
エラの番になると、リネットは一瞬だけ停止した。
「登録証の赤糸が少し緩いです」
エラは慌てて見た。
「本当だ」
「修正を推奨します」
コレットが針を渡した。
「自分で直してみる?」
エラは頷いた。
大勢が見ている前で針を持つ手は震えたが、彼女は逃げなかった。赤糸を一度抜き、もう一度通し、裏で小さく結ぶ。
針目は、完全には揃っていない。
けれど、ほどけにくくなった。
「再確認」
リネットが言った。
「本人確認、完了。登録証、使用可能」
エラは小さく息を吐いた。
失敗を見つけられることは、恥ではない。
その場で直せるなら、それは訓練になる。
最後に、コレット自身の登録証も確認された。
担当は、ユリスだった。
「お名前をお願いします」
「コレット・ルブランです」
「登録証をお願いします」
彼はもう、以前ほど耳を赤くしなかった。
台帳と照合し、赤糸の印を確認し、署名欄を見る。
「本人確認、完了しました」
「ありがとう」
「先生」
「はい」
「確認すると、相手を疑っているみたいに見えるのが怖かったです。でも今は、相手を大事にするためにも確認するのだと思います」
コレットは少し目を細めた。
「良い記録になりますね」
「書きます」
その日の台帳には、ユリスの字でこう残った。
『登録証授与。確認は疑うためだけではない。相手を間違えないため、相手を雑に扱わないためにも行う』
その一文は、のちに養成院の入口へ掲げられた。
欠席令嬢から始まった本人確認は、もう笑い話だけではない。
名前を正しく呼び、その人をその人として扱うための、最初の礼儀になっていた。
そして入口の札の下には、小さな赤糸が結ばれた。誰かが緊張で足を止めたとき、そこに触れて思い出せるように。確認は壁ではなく、帰ってこられる扉なのだと。
それは、次の一針を迷わないための、静かな合図だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
コレット、ノア、リネット、ニナ、ミナ、レオンス、そして各地の職人たちの物語は、婚約破棄から始まりましたが、最後は「自分で出席する場所を選ぶ」物語になりました。
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