表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄の会場に、私だけ欠席していました~王子が断罪した“悪役令嬢”は、私が縫った身代わり人形です~  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
90/97

特別番外編五 エラの初現場

 エラの初現場は、大事故ではなかった。


 市場の裏にある古い倉庫で、棚が倒れた。

 閉じ込められたのは、菓子屋の見習い少年一人。怪我は軽いらしい。入口は塞がっているが、壁の隙間から声は聞こえる。


 だからこそ、初現場として選ばれた。


 危険はある。

 だが、救助隊が管理できる範囲だ。


 それでもエラの手は震えた。


「怖い?」


 ニナ主任が尋ねる。


「怖いです」


「よし」


「よし、ですか」


「言えたから」


 エラは深呼吸した。

 手には小糸鳥三号の操作糸。隣にはリネット。少し後ろにニナ。さらに後ろにマルタ隊長と救助隊がいる。


 倉庫の中から、少年の声がした。


「誰かいますか」


 声は震えている。

 けれど泣いてはいない。


 エラは教本を思い出した。

 泣いていない迷子も探す。

 泣いていない怪我人も、怖くないとは限らない。


「います。救助具師見習いのエラです。今から小さい救助具を入れます。あなたの名前を教えてください」


「トマ」


「トマ、怪我はありますか」


「腕が痛い。でも、動く」


「血は出ていますか」


「分からない。暗い」


 エラは小糸鳥を隙間へ入れた。

 小糸鳥は細い足で瓦礫を避け、ゆっくり進む。倉庫の床には砂糖の袋が破れていて、粉が舞っている。


「粉塵注意」


 リネットが言った。


 エラは頷き、救助隊へ報告した。


「粉が舞っています。火気禁止。布を湿らせてください」


 自分の声が思ったより落ち着いていることに、少し驚いた。


 小糸鳥がトマを見つけた。

 木箱の陰に座り、左腕を押さえている。血は少しだけ。棚は斜めに倒れ、無理に動かすとさらに崩れそうだった。


「トマ、今から小糸鳥が光る札を出します。それを見て、できるだけ動かないで」


「分かった」


「怖かったら、怖いと言ってください」


「……怖い」


「私も少し怖いです。でも、手順があります」


 言った瞬間、エラは自分の言葉に驚いた。

 それはコレットがよく言う言葉だった。

 手順があります。


 魔法のように安心させる言葉ではない。

 けれど、足場になる言葉だ。


 救助隊が支え木を入れる。

 ニナが指示を出す。

 エラは小糸鳥の目を通して、棚の角度と少年の位置を報告する。


「右上の箱は動かさないでください。下の木板が支えています。左の袋は軽いです。先に取れます」


 マルタ隊長が短く言った。


「良い報告だ。続けろ」


 エラの喉が熱くなった。

 泣きそうになったが、今は泣かない。泣いてもいいが、報告の後だ。


 二十分後、トマは外へ出た。

 左腕に打ち身。出血は浅い。命に別状はない。


 彼は外へ出た途端、泣いた。


 エラも少し泣いた。


 ニナ主任は、二人に布を渡した。


「泣いたら、記録がにじむ前に顔を拭いて」


 現実的な助言だった。


 報告書を書くとき、エラの手はまた震えた。


『倉庫棚倒壊。閉じ込め一名。粉塵あり。火気禁止。小糸鳥三号使用。救助成功。改善点、砂糖粉で視界低下。小糸鳥の足に粉が付着し、歩行が遅くなった。清掃用の小型刷毛が必要』


 最後に、彼女は一行足した。


『怖いと言ったら、相手も怖いと言えた』


 ニナ主任はそれを読んで、赤い印をつけた。


「重要記録です」


「改善点ではありません」


「救助点です」


 その言葉で、エラは泣いた。

 今度は少しだけ、安心して泣いた。


 工房へ戻ると、コレットが報告書を読んだ。


「初現場、お疲れさま」


「怖かったです」


「よく戻りました」


「はい」


「次は、刷毛を作りましょう」


 エラは笑った。


 救助のあとに待っているのは、英雄の歌ではなかった。

 小型刷毛の設計だった。


 それが、とてもこの工房らしいと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ