特別番外編四 リネット四九番の記録
登録番号四九番。
名称、リネット。
用途、代理挨拶用人形から救助具へ変更。
初期命令は三つ。
一、相手の話を最後まで聞くこと。
二、嘘をつかないこと。
三、本人確認を促すこと。
追加命令は多い。
小さい手を探す。
頭を守る。
戻る。
水袋を置く。
鈴を聞く。
砂を避ける。
沈まない。
記録する。
武器にならない。
リネットは、自分を人間だとは判断していない。
痛覚はない。
食事機能もない。
眠気もない。
ただし、停止時間はある。
修理台の上で作動を止めているとき、周囲の会話は記録されない。だが、記録糸の残響は残る。
火の熱。
砂の圧力。
湿地の重さ。
子どもの手の強さ。
コレットの指先の震え。
これらを感情と呼ぶか、記録と呼ぶか、リネットには判定できない。
ある日、エラが尋ねた。
「リネットは、怖いことがありますか」
リネットは応答に時間を要した。
「怖い、の定義を確認します」
「危ない場所に行きたくないって思うこと」
「行きたくない、はありません」
「じゃあ、壊れたくないは?」
「修理不能になると、救助任務が継続できません。それは避けるべき状態です」
「それは怖いに近いと思う」
エラはそう言った。
リネットは記録した。
『修理不能を避ける状態は、怖いに近い可能性』
同じ日の午後、コレットがリネットの記録糸を点検した。
「何を書いたの?」
「怖いに近い可能性についてです」
コレットは手を止めた。
「怖い?」
「定義は未確定です」
「そう」
コレットは少し考え、リネットの背中を閉じた。
「怖いかどうか分からないときは、戻ってきて相談して」
「任務中でも?」
「任務中でも。判断できない危険は、一人で抱えない」
「私は一人ですか」
「糸の先に、私たちがいる」
リネットは、その言葉を記録した。
糸の先にいる。
救助具は現場へ入る。
人が入れない場所へ入る。
けれど、完全に一人ではない。
リネットはその後、危険判断の項目に新しい命令を加えた。
『未定義の危険を感知した場合、停止せず、糸の先へ報告する』
停止しない。
抱え込まない。
報告する。
これは人間の教本にも追加された。
マルタ隊長はその項目を読み、うなずいた。
「人形の方が若手より報告がうまい日がある」
若手たちは複雑な顔をした。
リネットには、誇らしいという項目も未定義である。
だが、その日、関節油の巡りは少し良かった。
記録上は、気温、湿度、整備状態が良好だったためである。
別の可能性については、今後も観察する。




