特別番外編三 ノアの留守番
コレットが王都の会議へ出た日、ノアは工房で留守番をした。
領主としての仕事はある。
書類も山ほどある。
しかしその日の彼には、もう一つ重大な任務があった。
小糸鳥二号の歩行試験である。
「なぜ私が試験係なのでしょう」
ノアが尋ねると、ニナは真面目な顔で言った。
「コレット様が不在でも、工房が回るか確認するためです」
「それは分かります」
「あと、ノア様は大きな靴を履いているので、小糸鳥の障害物試験に向いています」
「私は障害物ですか」
「本日は」
ノアは反論を諦めた。
試験場には、木箱、椅子、布紐、菓子屋の看板、そしてノアの靴が配置された。小糸鳥二号は、迷子役の布人形を探して進む。
リネットが横で記録を取っている。
「小糸鳥二号、作動開始」
小さな救助具は、よたよたと歩き出した。
初号より足が強くなり、犬対策として音を出す鈴がついている。ところが鈴の音を聞いた工房の猫が近づいてきた。
「猫は想定外です」
ニナが言った。
「想定外を記録します」
リネットが答える。
猫は小糸鳥を前足で軽く叩いた。
小糸鳥は横に倒れ、しばらく足を動かしたあと、自力で起き上がった。
「改良成功です!」
ニナが喜ぶ。
「倒されることは成功なのですか」
「起き上がれたので成功です」
ノアは、救助具開発の基準が以前より柔軟になっていることを実感した。
次に、小糸鳥はノアの靴へ向かった。
大きな黒い靴を壁と認識したらしい。迂回しようとして、靴紐に絡まった。
「これは私の責任でしょうか」
「靴紐対策が不足しています」
ニナが記録する。
「ノア様、少し歩いてください」
「この状態で?」
「迷子捜索中に大人が動く想定です」
ノアは慎重に一歩動いた。
小糸鳥は靴紐に引かれ、ころんと転がった。
猫がまた近づいた。
リネットが猫の前に立つ。
「試験妨害です」
猫はリネットの足に頬を擦りつけた。
「妨害継続」
工房に笑いが起きた。
夕方、コレットが王都から戻ると、ノアは試験報告書を提出した。
「靴紐、猫、動く大人、菓子屋の匂い。課題が多いですね」
コレットは報告書を読みながら楽しそうに言った。
「私が障害物として貢献しました」
「ありがとうございます」
「ところで、留守番とはこんなに疲れるものですか」
「はい」
コレットは即答した。
「現場に行く方が簡単な日もあります。待って、見て、支えて、記録する方が難しいこともあります」
ノアはその言葉を受け止めた。
自分は領主として、人を前へ出すことを学んできたつもりだった。だが、コレットの仕事を留守番として支える日は、まだ少ない。
「あなたが会議へ行く日を、もっと増やしてもよいですね」
「急にどうしました」
「留守番の訓練が必要です」
コレットは目を瞬かせ、それから笑った。
「では次回もお願いします。障害物係として」
「肩書きは改善を求めます」
「大型移動障害物係」
「悪化しています」
リネットが記録札に書き込んだ。
『大型移動障害物係。靴紐対策に有効』
ノアは抗議したが、札はそのまま試験記録に綴じられた。
後日、小糸鳥三号は靴紐を避ける機能を得た。
ノアの留守番は、確かに役に立ったのである。




