表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄の会場に、私だけ欠席していました~王子が断罪した“悪役令嬢”は、私が縫った身代わり人形です~  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
87/97

特別番外編二 ミナの白くない手袋

 ミナは白い手袋をやめた。


 聖女として王宮にいたころ、彼女の手袋はいつも白かった。汚れ一つない絹で、手首には小さな真珠が縫い込まれていた。手を差し出すだけで、人々は奇跡を期待した。


 今、夜間学舎で使っている手袋は灰色だ。

 洗いやすい布で、指先は少し厚く、手首には名前を書く小さな札がある。


 受講者の一人が尋ねた。


「どうして白い手袋じゃないんですか」


 ミナは包帯を巻きながら答えた。


「汚れが目立ちすぎるからです」


「汚れが見えた方が清潔では?」


「清潔の確認には役に立ちます。でも、怪我をした人が血を見て余計に怖がることがあります。灰色なら、汚れは分かるけれど、叫びたくなるほど目立たない」


「なるほど」


 受講者は真剣にメモを取った。


 授業の後、ミナは一人で手袋を洗った。

 灰色の布に、薄い赤が流れる。今日の授業で使った模擬血糊だ。本物の血ではないのに、手が少し震えた。


 昔、自分は涙を武器にした。

 怖いと言えば、誰かが守ってくれると思っていた。傷ついた顔をすれば、誰かが相手を責めてくれると思っていた。

 だから本当に血を見たとき、何をすればいいか分からなかった。


 今は、少しだけ分かる。


 押さえる。

 呼吸を見る。

 名前を聞く。

 助けを呼ぶ。

 できないことを、できるふりをしない。


 その日の夜、レオンス殿下が学舎へ寄った。

 地方任務の帰りで、袖に泥がついている。


「授業は終わったのか」


「はい。殿下は記録会議では?」


「終わった。泥の落とし方も覚えた」


「それは重要な進歩です」


 ミナが言うと、殿下は苦笑した。


 かつて二人は、互いに相手を理想の役に押し込めていた。

 殿下は、泣く聖女を守る王子でいたかった。

 ミナは、守られることで価値を得る聖女でいたかった。

 その関係は甘く、危うく、そして誰かを傷つけた。


 今の二人は、少し距離を置いて話す。

 その距離が、かえって誠実だった。


「白い手袋ではないんだな」


 殿下が言った。


「ええ。これは仕事用です」


「似合っている」


「白い手袋より?」


「ずっと」


 ミナは少しだけ笑った。


「昔の私が聞いたら、怒ったかもしれません」


「昔の私なら、白い方が似合うと言っただろう」


「お互い、目が悪かったですね」


「本当に」


 殿下は教室の机を見た。

 そこには、受講者が書いた危険報告の練習紙が並んでいる。


『釜の取っ手が熱い』

『階段の二段目が欠けている』

『井戸端で子どもが遊んでいる』


 小さな危険ばかりだ。

 けれど、小さな危険を見つける目があれば、大きな事故の前に止められる。


「君は、奇跡を教えているのではないのだな」


「はい」


「では、何を教えている」


 ミナは灰色の手袋を絞った。


「奇跡が来るまで生きている方法です」


 殿下は静かに頷いた。


 その返事は、彼女にとって過去のどんな賛辞より嬉しかった。


 翌週、夜間学舎の受講者たちは、全員が灰色の手袋を作った。

 針目は不揃いで、名前札も曲がっている。

 けれど誰も、白くないことを恥ずかしがらなかった。


 白くなくても、手は誰かを助けられる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ