特別番外編一 南方支部の昼休み
カラヴィナ救助具工房南支部では、昼休みに必ず砂を掃く。
北の職人は最初、それを掃除の時間だと思う。
サヤはそのたびに訂正する。
「掃除じゃない。点検」
箒を持った若い職人が首を傾げる。
「砂を掃くだけですよね」
「どこに溜まるかを見る。昨日より多い場所は、隙間が広がっている。風向きが変わった。布の張りが悪い。人の通り道が変わった。砂は報告書を書くのが下手だから、こっちが読んでやる」
若い職人は少し驚き、それから足元を見る。
作業台の脚の影。
扉の蝶番の下。
救助具の足板を置く棚の奥。
確かに、砂は均等には溜まらない。
サヤは昼の熱を避けるため、頭布をゆるめて水を飲んだ。工房の壁には、北から送られてきた注意札がある。
『水を飲んでから作業すること』
最初に自分が書いた言葉だ。今では北の本部にも写しがあるらしい。ニナから届いた手紙には、「マルタ隊長が水を飲まない若手に札を突きつけています」と書いてあった。
技術は、意外な形で移動する。
その日、南支部には隊商の老人が来た。
彼は背中に古い鈴を下げ、手には裂けた砂除け布を持っている。
「これを直してほしい」
布は救助具用ではない。隊商の荷にかける古い布だ。
サヤは受け取り、裂け目を見た。
「買い替えた方がいい」
「分かっている。でも、これは息子の布だ」
老人の息子は、以前の砂嵐で助からなかった隊商の一人だった。
サヤは少し黙った。
救助具工房は、思い出の修理屋ではない。
だが、救助と修理の境目は、ときどき曖昧になる。壊れた布を直すことで、誰かが次の旅に出られるなら、それも広い意味では救助なのかもしれない。
「実用品としては保証できない。記念布として補強する。それでいい?」
老人は頷いた。
「それでいい。捨てられないだけだ」
サヤは布を作業台に広げた。
北なら銀糸で補強するかもしれない。けれど、この布には砂色の糸が合う。裂け目を隠すのではなく、裂けた場所が分かるように縫う。
若い職人が覗き込んだ。
「綺麗に隠さないんですか」
「隠すと、次にどこが弱いか分からない」
「でも、傷が見えます」
「見える傷は、扱える傷だ」
それは、コレットが言いそうな言葉だと思った。
いや、自分が言ったのだから、自分の言葉なのだろう。
北の縫い手と出会ってから、サヤの中にも新しい縫い目が増えた。
修理が終わると、老人は布を額に当てた。
「ありがとう」
「使うなら、強い風の日はやめて」
「分かっている」
「本当に?」
「分かっている。私はもう、息子に叱られたくない」
老人は少し笑った。
昼休みが終わり、職人たちはまた砂を掃いた。
若い職人が、棚の下に溜まった砂を見て言った。
「ここ、昨日より多いです」
「理由は?」
「窓の布が緩い。あと、さっき私が足板を雑に置きました」
「よく読めた」
サヤはそう言って、窓布を張り直した。
砂漠では、砂がすべてを隠す。
同時に、砂はすべてを教える。
読む気がある者にだけ。




