後日譚 第四十話 明日の型紙
工房の棚には、型紙が増え続けている。
鉱山用。
火災用。
砂漠用。
湿地用。
雪崩用。
夜間探索用。
子ども搬送用。
動物救助用。
そして、まだ用途の決まっていない白い型紙。
私はその白い型紙が好きだった。
何にでもなれるからではない。
まだ知らない失敗や、まだ出会っていない土地や、まだ聞いていない声のために、余白を残しているからだ。
ある朝、エラが白い型紙を見て尋ねた。
「これは何用ですか」
「まだ分からない用」
「そんな型紙もあるんですか」
「必要よ。分かったことだけで棚を埋めると、分からないことが来たとき置く場所がないから」
エラはしばらく考えた。
「私にも、まだ分からないところがあります」
「人間はだいたいそうです」
「では、私にも白い型紙が必要ですか」
「とても必要です」
彼女は真剣にうなずいた。
その日、工房では新しい救助具の試作が始まった。
用途は、祭りや市場の混雑で迷子になった子どもを探すための小型糸鳥。
大げさな救助ではない。けれど、小さな子にとって、人混みは森や坑道と同じくらい怖い場所になる。
ニナが設計を担当し、エラが試作補助に入った。
ミナは迷子の子どもに声をかける文言を考えた。
リネットは小型糸鳥の歩行試験を見守っている。
「鳥なのに歩くんですか」
エラが言った。
「飛ぶと危ない場所もあるから」
「名前は何にしますか」
「糸雛は?」
「少し弱そうです」
「では、迷子鳥」
「そのままです」
議論は続いた。
結局、名前は『小糸鳥』になった。
小さな糸で、小さな手を探す鳥。
試験の日、糸祭りの広場で実演した。
子どもが一人、あらかじめ決めた場所に隠れる。小糸鳥は人混みの足元を歩き、泣き声と布札の匂いを頼りに探す。
途中で犬に追いかけられた。
露店の菓子紐に絡まった。
マルタ隊長の靴に乗り上げた。
失敗だらけだった。
けれど最後に、小糸鳥は箱の陰に座っていた子どもの膝へ辿り着いた。
『迎えを呼びます。ここで待ってください』
小さな声でそう言うと、子ども役の少年が本当に安心した顔になった。
「これ、いいです」
少年は言った。
「一人で待つより、怖くない」
その一言で、試作品は作る価値があると決まった。
私は白い型紙に『小糸鳥一号』と書いた。
その下に、失敗項目も書く。
犬対策。
菓子紐対策。
大きな靴対策。
エラが笑いながら書き足した。
『泣いていない迷子も探す』
「大事ね」
「泣けない子もいます」
彼女の声は静かだった。
私はうなずいた。
白い型紙は、また一枚、明日の形を得た。
救助は、大事故だけのものではない。
小さな怖さを、小さいうちに見つけること。
そのための道具も、きっと必要だ。




