後日譚 第三十五話 欠席令嬢、出席する
王国功労式典への招待状が届いた。
宛名は、コレット・ルブラン。
ただし括弧書きで、旧姓アーヴェル、救助具工房長、とある。
招待状を見たマルタ隊長は言った。
「欠席届を出すのか」
「出しません」
「成長したな」
「その言い方は少し不本意です」
今回は、出席する。
王城の大広間は、あの夜と同じ場所だった。
高い天井。磨かれた床。金の燭台。音をよく響かせる壁。
扉の前で、私は少し立ち止まった。
胸が全く痛まないわけではない。
記憶は、場所に縫い込まれる。
あの夜、私はここで婚約破棄を受け取り、火事を見つけ、別の人生へ歩き出した。
ノア様が隣で言った。
「欠席しても構いませんよ」
「今それを言いますか」
「選べることが大事ですから」
私は笑った。
「では、出席します」
扉が開く。
視線が集まる。
以前と違って、私はその視線の中を歩けた。
隣にはノア様がいる。少し後ろにリネットがいる。会場の端にはニナ、ミナ、マルタ隊長、サヤ、エミール記者の姿もあった。
式典では、救助具工房と各支部に王国功労章が授与された。
私は代表として壇上に立った。
国王陛下が言った。
「貴殿らの技術は、多くの命を救った」
「ありがとうございます」
勲章は重かった。
金属の重さより、そこに縫い込まれた名前の重さだ。
式典の終わり、短い挨拶を求められた。
私は大広間を見渡した。
貴族、役人、職人、救助隊、医療係、新聞記者、学舎の子どもたち。
あの夜、断罪の観客だった場所に、今は違う人々がいる。
「私は以前、この大広間を欠席しました」
笑いが少し起きた。
「欠席していたのに、ここで断罪されました。そのおかげで、本人確認の大切さを学びました」
今度は、少し大きな笑い。
レオンス殿下も、端の席で苦笑している。
「けれど、それ以上に学んだことがあります。人は、自分がいるべき場所を選び直せるということです」
声が静かになった。
「私は王太子妃にはなりませんでした。けれど、針を持つことをやめませんでした。私の魔法は地味だと言われました。けれど、地味な糸は、火の中にも、砂の下にも、湿地の水の上にも届きました」
リネットが少しだけ背筋を伸ばしたように見えた。
「救助具は奇跡ではありません。作る人、使う人、記録する人、待つ人、助けを呼ぶ人。そのすべてがあって初めて働きます。どうか、派手な奇跡だけを待たないでください。小さな危険を知らせてください。手順を守ってください。失敗を隠さないでください。そして、助けを求めることを恥じないでください」
私は一度、息を吸った。
「欠席届から始まった私の道は、今日、ここに出席するところまで来ました。次は、誰かが自分の場所へ出席できるよう、糸を渡していきます」
拍手が起きた。
大きな拍手だった。
あの夜のざわめきとは違う。
誰かを落とすためではなく、誰かが歩いた道を認めるための音だった。
私は壇上から降り、ノア様の隣へ戻った。
「良い挨拶でした」
「手が震えました」
「見えませんでした」
「隠しました」
どこかで聞いたような会話に、私は笑った。
大広間の天井は、相変わらず高い。
けれどもう、怖い場所ではなかった。




