後日譚 第三十四話 リネットの新しい体
リネット四九番の最初の体は、限界に近づいていた。
焦げた頬。
砂で削れた足。
湿地で膨らんだ内布。
何度も修理した肩。
記録糸は増えすぎて、背中の内側は小さな書庫のようになっている。
「新しい体を作るべきです」
私がそう言うと、リネットは作業台の上で静かに座っていた。
「現在の体は、使用不能ですか」
「まだ使えます。でも、危険現場へ出すには負荷が大きい」
「では、私は退役ですか」
退役。
その言葉が胸に刺さった。
道具に感情を乗せすぎてはいけない。
何度も自分に言い聞かせてきた。
けれど、リネットは私の人生の大きな分岐点にいた。
厨房から大広間へ繋がる糸の先にいた。
火の中へ入った。
砂の下へ入った。
何人もの手を握った。
「新しい体を作って、記録糸を移すことはできます」
私が言うと、リネットは尋ねた。
「古い体は、どうなりますか」
「工房に保管します。訓練用にも、展示用にも使わない。あなたの最初の体として」
「私は、どちらですか」
難しい質問だった。
リネットは人間ではない。
けれど、ただの木と布でもない。
記録と命令と、私たちが共に経験した現場の積み重ねで動いている。
「あなたは、記録糸の続きです」
私はゆっくり答えた。
「体は道具。記録は道。リネットという名前は、その道を歩いてきた救助具につけたもの」
「新しい体でも、リネットですか」
「ええ。ただし、古い体も、なかったことにはしません」
リネットはしばらく黙った。
「では、新しい体に要求があります」
「言って」
「足は広く。背中は強く。手は、小さい手を握れるように」
「分かった」
「食事機能は不要です」
「そこは変えないのね」
「問い合わせが多いので」
私は笑った。
新しいリネットの製作には、三つの支部から技術が集まった。
北の耐寒関節。
南の砂足板。
東の湿地用浮力布。
王都の記録糸制度。
ミナの医療札。
ニナの現場報告。
サヤの道しるべ模様。
一人で作った最初のリネットとは違う。
新しいリネットは、たくさんの手で作られた。
記録糸を移す日、工房の全員が集まった。
私は古い背中を開き、糸を一本ずつ外した。
婚約破棄の夜の糸。
火事の糸。
鉱山の糸。
砂嵐の糸。
湿地の糸。
旧修道院の糸。
軽いはずの糸が、一本ごとに重い。
最後の糸を新しい背中へ縫い込むと、リネットはゆっくり目を開けた。
「登録番号四九番。救助具リネット。作動確認」
私は息を吐いた。
「おかえり」
リネットは新しい手を動かした。
「手の開閉が滑らかです。小さい手を握れます」
「よかった」
「古い体に、礼を言いますか」
「言いましょう」
私たちは古いリネットの体を、工房の奥の明るい棚へ置いた。
展示札ではなく、布札をつける。
『四九番、最初の体。多くの場所へ行き、多くの手を握った。休息中』
休息中。
退役より、その言葉が似合った。




