後日譚 第三十三話 白糸会、最後の影
白糸会は解体された。
表向きは、そう発表されている。
主だった者は捕らえられ、資金の流れも断たれ、実験施設は閉鎖された。
けれど、思想は鍵をかけただけでは消えない。
その知らせは、雨の夜に来た。
王都郊外の旧修道院で、無登録の人形部品が見つかった。救助具の模倣品に、拘束用の鎖と沈黙魔法の符が組み込まれていたという。
「白糸会の残党でしょうか」
私が尋ねると、レオンス殿下は険しい顔でうなずいた。
「断定はできない。しかし、押収した符号に見覚えがある。人を守るための技術を、人を管理するために使おうとしている」
旧修道院へ向かう馬車の中で、私はリネットの手を確認した。
今回は救助ではない。
証拠保全と、もし閉じ込められた人がいれば救出するための出動だ。
ノア様は危険届を書いた。
私も書いた。
ミナは医療箱を抱え、ニナは記録係として同行する。
「怖いです」
ニナが小さく言った。
「怖いと言えて偉い」
マルタ隊長が答えた。
「怖くないと言う奴から、だいたい足を滑らせる」
旧修道院は、雨に濡れて黒く見えた。
窓は板で塞がれ、礼拝堂の扉には新しい鎖がかかっている。
中へ入ると、湿った石と古い薬草の匂いがした。
地下室に、人がいた。
若い職人が三人。
彼らは白糸会の残党に雇われ、人形部品を作らされていた。逃げようとした一人は足を怪我している。
「私たちは知らなかったんです」
一人が泣きながら言った。
「救助具の仕事だと。家族に仕送りできるって。途中でおかしいと思ったけど、帰れなくなって」
白糸会は、善意だけでなく貧しさも利用する。
怒りが湧いた。
けれど、今は怒りを縫う場所ではない。
「ミナ、足を」
「はい」
「ニナ、名前と出身、雇用された経緯を記録して。責めるためではなく、保護のためと伝えて」
「分かりました」
リネットは地下奥へ進んだ。
鎖で閉じられた小部屋がある。人はいない。代わりに、試作人形が五体、壁に立てかけられていた。
顔がなかった。
人の形をしているのに、顔だけがのっぺりとしている。
背中には、命令符が縫い込まれていた。
『沈黙させる』
『従わせる』
『戻さない』
私は息を呑んだ。
布に命令を縫い留める技術は、こんな言葉も受け入れてしまう。
針は、善悪を選ばない。
選ぶのは、針を持つ人間だ。
そのとき、奥の壁が音を立てた。
隠し扉。
黒い外套の男が飛び出し、手にした魔導刃で記録糸を切ろうとした。
ノア様が私の前に立つより早く、リネットが動いた。
攻撃ではない。
男の足元へ砂足板を滑らせ、体勢を崩す。
ニナが訓練用の布索を投げ、マルタ隊長が腕を押さえる。
男は床に倒れ、叫んだ。
「人形など、命令すれば何でもする!」
私は彼を見下ろした。
「いいえ」
「何?」
「命令を選ぶのは、作る者です。そして、命令を見張るのは、社会です」
彼は笑った。
「綺麗事だ」
「ええ」
私は頷いた。
「綺麗事です。だから汚されないよう、手入れが必要なのです」
旧修道院の地下から押収された部品は、すべて記録された。
職人たちは保護され、後に二人は正式な工房訓練を受けることになった。一人は故郷へ戻った。
白糸会の残り火は、小さくなった。
完全に消えたと言い切ることはできない。
でも、火種を見つけたら、記録する。
囲う。
消す。
同じ場所に、次は水桶を置く。
それもまた、救助の一部だった。




