後日譚 第三十二話 武器にしないための戦い
救助具を武器にしたいという者は、必ず現れる。
最初は遠回しだった。
軍務局の若い役人が、救助人形の機動性について質問した。
次に、国境警備隊の一部から、偵察用に改造できないかという相談が来た。
最後に、名前を伏せた商人が、夜中に工房へ高額の契約書を送りつけてきた。
『人が入れない砦へ入り、門を開ける自動人形』
私は契約書を暖炉に入れなかった。
燃やすと記録が消える。
代わりに、王都の制度委員会へ提出した。
会議は重かった。
「救助具と軍用魔導具の境界を明確にしなければならない」
レオンス殿下が言った。
「しかし国境では、人命を守るために危険地帯へ入る道具が必要な場合もあります」
軍務局の代表が反論する。
「敵陣から負傷兵を救出する場合はどうするのですか。救助具だから戦場で使えない、では人命を見捨てることになります」
その指摘は正しい。
正しいから難しい。
私は発言の順番を待ち、立ち上がった。
「救助具は、人を生かして戻すための道具です。その目的が保たれる限り、戦場であっても救助具であり得ます」
「では、門を開ける機能は?」
「負傷者を搬出するために閉じた扉を開けることはあります。しかし、侵入路を作ることを主目的にするなら、それは救助具ではありません」
「目的は書類上で偽れます」
「だから記録が必要です」
私はリネットの記録糸を机に置いた。
「救助具には、作動記録を残す糸を義務づけるべきです。いつ、どこで、誰の命令で、何のために動いたか。救助後に第三者が確認できるようにする」
軍務局の代表が眉をひそめた。
「機密に関わる」
「人の命にも関わります」
会議室が静かになった。
ノア様が続けた。
「軍務にも記録はあります。問題は記録の範囲と保管方法です。完全な公開ではなく、独立監査人を置く案はどうでしょう」
レオンス殿下が資料に書き込む。
「救助具監査官。王家、軍務局、工房組合、医療院から一名ずつ」
ミナが手を上げた。
「医療院代表は、救助された側の証言も扱える者が必要です。負傷者が言葉を失っている場合、家族や現地医療係の記録も含めるべきです」
議論は長く続いた。
誰か一人が正しい答えを持っているわけではない。
しかし、曖昧にすれば、救助具は簡単に戦争の道具になる。
最終案には、こう書かれた。
『救助具は、人命救助、危険確認、避難支援、物資搬送を主目的とする。攻撃、侵入、破壊を主目的とする改造を禁ずる』
十分ではない。
けれど、最初の線にはなる。
会議後、私はリネットを膝に乗せ、記録糸を整えた。
「あなたを武器にしない」
そう言うと、リネットは首を傾げた。
「武器とは何ですか」
「人を傷つけるために使われる道具」
「私は救助具です」
「ええ」
「では、使用者が間違えた場合、私は何になりますか」
私は答えに詰まった。
道具に罪はない、と簡単に言いたくなかった。
道具を作る者に責任はない、とも言えない。
「だから、間違えにくく作る。間違えたら分かるようにする。間違えた人が隠せないようにする」
「それが記録糸ですか」
「そう」
「記録は、重いですか」
「重いわ」
「では、足を広くしますか」
私は笑った。
「今回は、背中を強くしましょう」
重い記録を背負うために。
その夜、リネットの背中には新しい記録糸が縫い込まれた。
銀ではなく、銀と黒を撚った糸。
光るだけでなく、影も残す糸だ。




