後日譚 第二十七話 リネットの肖像
有名になると、妙な依頼も増える。
人形劇団から、リネットを主役にした公演をしたいという手紙が来た。
菓子屋から、リネット型の焼き菓子を作りたいという相談が来た。
ある商人からは、「瞬きする礼儀人形」を大量生産し、貴族の夜会で代理出席用に売りたいという提案が来た。
最後の提案書を読んだとき、私は少し頭が痛くなった。
「これが広まると、本人確認の問題がさらに増えます」
ノア様は提案書を見て、眉間に皺を寄せた。
「王都で騒ぎになりそうですね」
「礼儀人形そのものは悪くありません。遠方の高齢者や病人が挨拶を届けるには便利です。でも、見た目を本人そっくりにする必要はありません」
「第一号があなたに似ていたせいで、説得力が少し弱い」
「反省しています」
あの夜、リネットを私そっくりにしたのは、確かに私だ。
ただし、あれは罠を避けるための特殊な手段だった。商売として広めれば、本人確認制度が追いつかない。
そこで私は、王都の礼典課に呼び出された。
議題は『代理人形および救助具の外見に関する規則』。
長い題名だ。
でも、必要な題名でもある。
会議室には、礼典課、商務局、魔導具組合、貴族院の代表が集まっていた。レオンス殿下もいた。以前なら王太子として上座に座っただろうが、今は改革委員の一人として、端の席で資料を読んでいる。
「本人と誤認される外見の代理人形は、特別許可制にするべきです」
私は提案した。
「救助具は、救助具であることが一目で分かる印を義務づける。登録番号、用途、所有工房、緊急時の扱い方。これを外布か札に明記します」
商務局の役人が手を上げた。
「それでは商品価値が落ちるという意見があります。貴族は美しい代理人形を望むでしょう」
「美しさは否定しません」
私は答えた。
「ただし、美しさで本人確認を曖昧にするなら、それは礼儀ではなく詐称に近づきます」
会議室が少し静かになった。
レオンス殿下が資料から顔を上げた。
「私は、その危険を身をもって知っています」
自嘲のない声だった。
事実を述べる声だ。
「本人だと思い込み、確認を怠った。それがどれほど愚かなことか、私自身が証明しました。代理人形を制度に入れるなら、確認手順を先に整えるべきです」
誰も笑わなかった。
以前なら、殿下の失態を陰で面白がる者もいただろう。だが彼が自分の失敗を制度の言葉に変えるようになってから、笑いは少しずつ減った。
会議は長引いた。
昼を過ぎ、茶が冷め、何度も文言が変わった。
最終的に、代理人形には三つの義務が定められた。
一、本人と誤認される外見には特別許可を要する。
二、代理であることを示す登録札を隠してはならない。
三、救助具を娯楽や社交の目的で使用する場合、製作者の承認と安全説明を必要とする。
完璧ではない。
でも、最初の縫い目にはなる。
会議後、レオンス殿下が私に言った。
「コレット嬢。あの夜、私は人形を壊しかけた」
「袖は破れました」
「今でも覚えている」
「私もです。修理が大変でしたので」
殿下は少し苦笑した。
「その記憶が、今日の発言をさせた。君の人形に、また助けられたのかもしれない」
「助けたのは制度です。殿下がご自分で、そこへ縫い込まれたのだと思います」
「縫い込む、か」
彼は窓の外を見た。
「私も少しは、縫い目を覚えたのだろうか」
「ほどけにくくはなりました」
「それは褒め言葉か」
「職人としては、かなり」
殿下は少しだけ笑った。
人は完全に作り直せない。
けれど、ほどけた場所を縫い直すことはできる。
その縫い目が目立っても、そこからまた破れなければいい。




