後日譚 第二十三話 砂の下の鈴
砂嵐は、三日目の朝に来た。
空の色が変わった。
青が消え、黄土色の幕が地平線から立ち上がる。風は最初、熱い息のようだった。次に、細かな針を含んだ布のようになり、最後には世界そのものを削る音になった。
侯爵家の見張り台から、警鐘が鳴る。
「東の交易路で隊商が遅れています!」
報告に来た兵士の顔は、布で覆われていた。それでも目元に緊張が見える。
侯爵は即座に救助隊を出した。
私はリネットを抱え、サヤは砂歩き用の板を持ち、ノア様は水袋と索具を確認した。
外へ出ると、音の方向が分からなかった。
風がすべてを奪う。
人の声も、駱駝の鳴き声も、足音も、布の中で潰れてしまう。
「この風では、糸の感触も乱れます」
私は銀糸を手袋に巻きつけた。
いつもの細い糸では駄目だ。砂に切られる。サヤが編んだ太い砂糸を、銀糸と重ねて使う。
「鈴を聞く」
サヤが言った。
「隊商は、迷子防止の鈴を荷に付けている。風の下で鳴る鈴は、人の声より残る」
彼女は耳に薄い陶片を当てた。
陶片には小さな穴があり、布紐が通っている。
「音を集める道具ですか」
「祖母のもの。格好は悪いけど、役に立つ」
「格好の良さは、命より後です」
サヤは少し笑った。
私たちは風の中へ進んだ。
リネットの足には、砂歩きの板を履かせてある。足跡は浅く、沈み込みは少ない。ただし動きは遅い。北の坑道で見せるような滑らかな歩きはできない。
砂嵐の中で、時間の感覚はすぐに失われた。
十歩進むだけで、背後の街が見えなくなる。
ノア様は一本の太い綱で私たちを繋ぎ、先頭の救助兵は標識旗を立てながら進んだ。
やがて、サヤが手を上げた。
「止まって」
風の音しか聞こえない。
けれど彼女は陶片を耳に当て、目を閉じた。
「右。低いところ。鈴が一つ」
私には何も聞こえなかった。
しかし、サヤの声に迷いはない。
リネットを前に出す。
「探す。鈴。布。小さい呼吸。戻る」
砂糸に命令を縫う。
リネットが進む。
一歩、二歩。
風が布を叩く。生成りの外布が砂で茶色になる。足板が砂を逃がし、膝布が小さく震える。
銀糸から、鈴の震えが戻ってきた。
小さい。
けれど、確かにある。
「あります」
私は言った。
救助隊が掘り始めた。
砂は掘っても戻る。穴を開けると、周囲から流れ込む。鉱山の瓦礫とは違う。形を保ってくれない。
「上からでは駄目だ」
ノア様が言った。
「横へ流す。布で壁を作れ」
サヤが砂除け布を広げ、救助兵が杭を打つ。風の中で布は膨らみ、砂の流れを少しだけ変えた。
私はリネットに追加の命令を縫った。
低く入る。
空間を探す。
水袋を置く。
声に触れる。
砂の下に、人がいた。
最初に出てきたのは、駱駝の荷台だった。次に、布に包まれた木箱。最後に、荷台の影に丸まっていた小さな男の子。
彼は目を閉じていたが、リネットの手首を握っていた。
強く、必死に。
私はその手を見て、胸が詰まった。
「息があります!」
ミナが叫び、すぐに男の子の口元へ湿らせた布を当てた。
ニナが水袋を開き、ほんの少しずつ唇を濡らす。
男の子の指は、なかなかリネットを離さなかった。
リネットは命令が終わると、通常なら動きを止める。
けれどそのときだけ、彼の手を握り返した。
私は驚いて糸を見た。
そんな命令は入れていない。
けれど、過去に何度も縫った。
小さい手を探す。
頭を守る。
戻る。
安心を伝える。
命令は、いつの間にか形を変える。
道具は、使われる場所で育つ。
男の子が薄く目を開けた。
「お人形……?」
リネットは煤ではなく砂に汚れた顔で答えた。
「救助具です」
男の子は少し笑った。
その笑いで、砂嵐の音が一瞬だけ遠くなった。




