後日譚 第十八話 母の墓前
母の墓を訪ねたのは、全国会議の翌日だった。
アーヴェル伯爵領の小さな丘に、母は眠っている。子どものころは何度か来たが、王太子妃教育が忙しくなってからは、命日にも形式的な花を送るだけになっていた。
今回は、私とノア様、父の三人で来た。
奇妙な組み合わせかもしれない。
でも、母の型紙が救命具師組合につながり、父がその過去を話し、ノア様がその技術を支えた以上、この三人で来ることには意味があると思った。
墓石は綺麗に手入れされていた。
父がしていたのか、使用人に命じていたのかは分からない。けれど、雑草はなく、冬の花が供えられている。
私は母の指貫を墓前に置いた。
「お母様。型紙を使わせていただいています」
風が吹いた。
丘の下には、まだ冬の畑が広がっている。遠くに橋が見えた。父が修繕した古い橋だ。
「救助布は、坑道でも水路でも海でも使われています。停止糸は、王宮の規格になりました。お母様が守ろうとしたものは、全部ではありませんが、少しずつ戻っています」
言葉にすると、涙が出そうになった。
私は母のことを、長いあいだ懐かしい人としてだけ覚えていた。優しい手、黒檀の裁縫箱、静かな笑顔。けれど、本当の母は、白糸工房に逆らい、型紙を隠し、解除糸を見える場所に置こうとした職人だった。
私は、その母をもっと知りたかった。
父が隣で言った。
「私は、お前の仕事を理解しなかった。すまなかった」
墓石に向けた言葉だった。
返事はない。
当然だ。
謝罪は、死者を戻さない。
でも、生きている人間がこれから何をするかを変えることはできる。
父は、母の墓前に銀の指貫を置いた。以前、私に渡したものとは別の、古い練習用の指貫だった。
「針を持たない手にも責任が残る。今後は、その責任から逃げない」
私は父を見た。
彼の顔は、悲しげで、少し穏やかだった。
ノア様は少し離れて立っていた。
帰り道、彼が言った。
「いい墓参でした」
「はい」
「寂しくはありませんか」
「寂しいです」
「そうですか」
「でも、寂しさが前より形を持ちました。前は、ただ失ったと思っていました。今は、母の仕事の続きをしていると思えます」
ノア様はうなずいた。
「続きをする人がいるのは、幸せなことかもしれません」
その言葉に、私は彼の妹のことを思った。
「ノア様の妹君の仕事も、続いています」
「はい」
彼は静かに答えた。
「あなたの救助布が、声の聞こえる場所へ手を伸ばしています」
私たちは丘を降りた。
橋の上で、父が立ち止まった。
「この橋も、半年後に再点検する」
「はい。記録を送ってください」
「分かった」
それだけの会話。
でも、橋は渡れた。
母の墓へ来る道も、帰る道も。
ひびは残っている。
それでも、支えを入れれば渡れる橋もある。




