後日譚 第十七話 誰も欠席しない会議
王国救助制度の第一回全国会議は、グラン・エリオで開かれた。
王都ではなく、北西の鉱山街で。
これはエリアーヌ女王の提案だった。救助制度を机上の議論にしないため、実際の救助現場を見られる場所で行うべきだと。
会議には、各領の代表、救助隊、医療所、職人、神殿の新しい担当者、王都監査院、レオンス殿下、ミナ様、そして赤糸学舎の卒業生たちが参加した。
私は開会前、会場の椅子を確認していた。
ノア様が言った。
「椅子条項の確認ですか」
「はい。長い会議になりますので」
「各領の代表より椅子を先に見る技術監督」
「倒れる代表が出ると面倒です」
会議は、最初から賑やかだった。
山岳領は雪崩用音糸に興味を持ち、海沿いの領は海用救助布を求め、森林領は火災用糸燕を欲しがった。砂漠に近い南部領からは、砂に埋もれた人を探す道具が必要だという相談が来た。
救助の危険は、場所ごとに違う。
だから、道具も同じではいけない。
私は黒板に大きく書いた。
『現場を知らない規格は、危険である』
マルタ隊長が満足そうにうなずいた。
ある領の貴族が尋ねた。
「しかし、各地で勝手に改良されると、管理が難しくなるのでは」
「だから、公開登録します」
私は答えた。
「改良を禁止するのではなく、記録させる。失敗も成功も共有する。隠れた改良は白糸会を生みます。公開された改良は、次の救助になります」
赤糸学舎の卒業生が、見本として自分の作った包帯布を見せた。
それは命令糸を使わない。ただ、怪我人が自分でほどきやすいよう、端に赤い印をつけた包帯だ。南部領の医師が感心し、すぐに作り方を聞いた。
会議の昼休み、レオンス殿下が焼き栗を配っていた。
どこから仕入れたのかと思ったら、料理長が屋台ごと来ていた。
「殿下、配るなら殻入れも持ちな」
「分かっている」
殿下は真面目に殻入れを持っていた。
かつて公開断罪の場で私を捨てた王子が、今は救助会議の昼休みに栗の殻を集めている。
人生は不思議だ。
午後の会議で、エリアーヌ女王の勅書が読まれた。
救助制度は、王国の正式な基盤事業となる。
各領に救助記録の提出を義務づける。
救命具師の権利と停止権を保護する。
命令糸技術の秘密工房を禁ずる。
そして、救助の場に身分差を持ち込まない。
最後の一文で、会場は静かになった。
命は取引ではない。
あの地下劇場で私が叫んだ言葉が、形を変えて法に入ったのだ。
会議の終わり、私は壇上から会場を見た。
誰も欠席していない。
いや、来られない人はいる。亡くなった人、救えなかった人、母、ノア様の妹。けれど、その記録はここにある。彼らの不在をなかったことにしないために、今いる人たちが席につき、椅子に座り、議論している。
欠席を利用して生き延びた私が、誰も勝手に欠席扱いされない会議を作る。
それは、少し出来すぎた話かもしれない。
でも、私はその会場を見て、胸の奥で静かに思った。
ここまで来た。




