後日譚 第十五話 王女の依頼
新しい王位継承者となったエリアーヌ王女から、正式な依頼が来た。
彼女は遠縁の王族で、これまで政治の中心にはいなかった。王都では、突然担ぎ出された王女、という見方をする者もいる。だが、監査院長によれば、彼女は地方行政と医療院の改革に詳しい実務家らしい。
依頼の内容は、王宮の儀礼衣装の全面監査だった。
白糸会の影響が、王宮衣装庫にどれほど残っているか分からない。冬至祭の鏡箱事件のあと、王女は自分の即位式で白い幕や代理衣装を使うことを拒否した。
『王権は、見せかけでなく責任で示すべきだと考えます。貴組合の監査協力を求めます』
手紙の文面は簡潔で、好感が持てた。
王宮衣装庫に入るのは、感慨深かった。
かつて私は、ここでドレスの裾を直し、夜会用の手袋を縫い、ミナ様の衣装の隣室で断罪の計画を聞いた。布の匂いは同じだが、今は立場が違う。
私は監査役として入る。
王女は、作業服に近い簡素な上着で現れた。
「コレット・ルブラン夫人ですね」
「はい。技術監督として参りました」
「夫人より、その肩書きでお呼びした方がよさそうですね」
「ありがたいです」
王女は微笑んだ。
「私も、王女より行政官の方が落ち着きます」
気が合いそうだった。
衣装庫の監査は、予想通り大変だった。
古い儀礼服の裏、王冠を包む布、幕、手袋、靴下にまで、白糸会の命令糸が残っていた。多くは無害化していたが、一部には『従え』『黙れ』『忘れろ』に近い古い命令が残っている。
王女は、その一つ一つを見て、顔を険しくした。
「王権が、こんな布に頼っていたのですか」
「一部の人々が、王権を保つためだと信じて使ったのだと思います」
「それは王権ではなく、怠慢です」
王女は、はっきり言った。
私は少し驚き、そして安心した。
即位式の衣装は、新しく作ることになった。
白ではなく、生成りの布。停止糸に由来する赤い細線を袖口に入れる。ただし、命令糸ではない。ただの刺繍だ。王女自身が提案した。
「王が止まるべきときに止まれるように、見える場所に赤を置きたい」
その言葉は、式典記録に残された。
即位式当日、王女は自分の足で階段を上がった。
代理人形も、鏡箱も、白幕もない。
リネットは、会場の端で救助補助具として待機していた。何も起こらなかった。それが一番よい結果だった。
式の後、王女は私に言った。
「あなたが婚約破棄の会場に欠席していなければ、この国は白い幕の裏を見ないままだったかもしれません」
「偶然も多かったです」
「偶然を記録に変えるのが、あなたの仕事なのでしょう」
私は少し考え、うなずいた。
「はい。たぶん、そうです」
王女は、救命具師組合を王国公認の独立組合として認める勅許状をくれた。
そこには、技術は公開登録され、職人の停止権は保護されると明記されていた。
母の型紙から始まった赤い糸は、ついに王宮の法の中にも縫い込まれた。




