後日譚 第十三話 雪崩の音糸
北西の冬は、結婚後も容赦がなかった。
その年の大雪で、ルブラン領北部の山道に雪崩の危険が出た。鉱山へ向かう補給路が塞がれば、食料も燃料も遅れる。だが、無理に通れば人が呑まれる。
救命具師組合の新しい課題は、雪の下の音を拾うことだった。
雪崩で埋まった人は、必ずしも声を出せない。けれど、叩く音、呼吸、衣擦れ、道具の金属音が残ることがある。糸鼠は雪に潜れるが、冷気で関節が硬くなり、湿気で糸が凍る。
そこで、ニナの糸燕から着想を得て、音糸を作った。
細い銀糸に獣毛を巻き、雪の上へ網のように広げる。振動があれば、中心の小さな鈴が鳴る。命令糸ではなく、感知糸だ。止める必要は少ないが、絡まったときに切れる安全結びを入れる。
試験の日、マルタ隊長は雪の中に木箱を埋め、そこへ金属片を入れた。
「本番で人を埋めるわけにいかないからね」
「当然です」
「昔、訓練で若い隊員を半分埋めたら、旦那様にものすごく怒られた」
ノア様が横で言った。
「当然です」
試験は成功と失敗の間だった。
音糸は金属音を拾ったが、風の音も拾いすぎた。鈴が鳴りっぱなしになり、どこに反応があるのか分からない。私は指先で糸の震えを読みながら、眉をひそめた。
「風を拾いすぎます」
ニナが考え込む。
「羽根と同じですね。軽すぎると、全部の風に反応します」
「重りをつける?」
「それだと雪に沈みます」
マルタ隊長が、腰の小さな鈴を外した。
「山羊につける鈴だ。低い音だけ鳴る」
それを試すと、風の細かい振動では鳴らず、下からの強い叩きだけを拾った。
現場の知恵は、いつも工房の理屈を助けてくれる。
数日後、本当に雪崩が起きた。
幸い大規模ではなかったが、補給隊の一人が雪に埋まった。救助隊が音糸を広げると、低い鈴が一度だけ鳴った。
こん。
全員が止まった。
もう一度。
こん。
位置を絞り、糸鼠を入れ、救助隊が掘る。埋まっていた隊員は、意識は薄れていたが生きていた。手に持っていた金属の留め具で、必死に叩いていたという。
救助後、彼は震えながら言った。
「音、聞こえてたのか」
マルタ隊長が答えた。
「聞こえたよ。山羊の鈴のおかげでね」
隊員は泣き笑いした。
音糸は、正式に雪崩用救命具として登録された。
登録台帳の共同開発者欄には、ニナ、マルタ隊長、山羊鈴提供者として牧場主の名前も入れた。牧場主は照れながら、うちの山羊も役に立ったと喜んだ。
救命具は、一人の天才が作るものではない。
雪を知る人、山羊を知る人、糸を知る人、怖さを知る人。
それぞれの知識が結ばれたとき、雪の下の小さな音が聞こえるようになる。




