表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄の会場に、私だけ欠席していました~王子が断罪した“悪役令嬢”は、私が縫った身代わり人形です~  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
56/97

後日譚 第十三話 雪崩の音糸

 北西の冬は、結婚後も容赦がなかった。


 その年の大雪で、ルブラン領北部の山道に雪崩の危険が出た。鉱山へ向かう補給路が塞がれば、食料も燃料も遅れる。だが、無理に通れば人が呑まれる。


 救命具師組合の新しい課題は、雪の下の音を拾うことだった。


 雪崩で埋まった人は、必ずしも声を出せない。けれど、叩く音、呼吸、衣擦れ、道具の金属音が残ることがある。糸鼠は雪に潜れるが、冷気で関節が硬くなり、湿気で糸が凍る。


 そこで、ニナの糸燕から着想を得て、音糸を作った。


 細い銀糸に獣毛を巻き、雪の上へ網のように広げる。振動があれば、中心の小さな鈴が鳴る。命令糸ではなく、感知糸だ。止める必要は少ないが、絡まったときに切れる安全結びを入れる。


 試験の日、マルタ隊長は雪の中に木箱を埋め、そこへ金属片を入れた。


「本番で人を埋めるわけにいかないからね」


「当然です」


「昔、訓練で若い隊員を半分埋めたら、旦那様にものすごく怒られた」


 ノア様が横で言った。


「当然です」


 試験は成功と失敗の間だった。


 音糸は金属音を拾ったが、風の音も拾いすぎた。鈴が鳴りっぱなしになり、どこに反応があるのか分からない。私は指先で糸の震えを読みながら、眉をひそめた。


「風を拾いすぎます」


 ニナが考え込む。


「羽根と同じですね。軽すぎると、全部の風に反応します」


「重りをつける?」


「それだと雪に沈みます」


 マルタ隊長が、腰の小さな鈴を外した。


「山羊につける鈴だ。低い音だけ鳴る」


 それを試すと、風の細かい振動では鳴らず、下からの強い叩きだけを拾った。


 現場の知恵は、いつも工房の理屈を助けてくれる。


 数日後、本当に雪崩が起きた。


 幸い大規模ではなかったが、補給隊の一人が雪に埋まった。救助隊が音糸を広げると、低い鈴が一度だけ鳴った。


 こん。


 全員が止まった。


 もう一度。


 こん。


 位置を絞り、糸鼠を入れ、救助隊が掘る。埋まっていた隊員は、意識は薄れていたが生きていた。手に持っていた金属の留め具で、必死に叩いていたという。


 救助後、彼は震えながら言った。


「音、聞こえてたのか」


 マルタ隊長が答えた。


「聞こえたよ。山羊の鈴のおかげでね」


 隊員は泣き笑いした。


 音糸は、正式に雪崩用救命具として登録された。


 登録台帳の共同開発者欄には、ニナ、マルタ隊長、山羊鈴提供者として牧場主の名前も入れた。牧場主は照れながら、うちの山羊も役に立ったと喜んだ。


 救命具は、一人の天才が作るものではない。


 雪を知る人、山羊を知る人、糸を知る人、怖さを知る人。


 それぞれの知識が結ばれたとき、雪の下の小さな音が聞こえるようになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ