後日譚 第十二話 王都学院の講義
王都学院で講義をすることになった。
題目は、『命令糸技術の倫理と救助利用』。
私は最初、辞退しようとした。学院の講堂で若い貴族や技術者を相手に話すより、工房で糸を縫っている方が落ち着く。けれど、ノア様が言った。
「白糸会は、教育の空白を利用しました。なら、こちらは教育を隠さない方がいい」
正しい。
私は深灰の講義用ドレスを着て、リネットを連れて学院へ向かった。
講堂には、予想以上の学生がいた。貴族の子弟、工房見習い、神官候補、軍学校の生徒までいる。前列にはレオンス殿下も座っていた。王族監査補佐としてではなく、一受講者として来たらしい。
私は黒板の前に立った。
「命令糸は、便利です」
最初にそう言うと、学生たちは少し驚いた。
「危険な技術だから封じるべきだ、という話から始めると思った人もいるでしょう。でも、便利だから危険なのです。使えない技術なら、悪用されません」
黒板に三つの言葉を書いた。
隠す。
止める。
記録する。
「白糸会は、隠すことを選びました。救命具師組合は、止めることと記録することを選びます。完全な善悪の分かれ目ではありません。毎回、選び直す必要があります」
学生の一人が手を挙げた。
「先生、命令糸を使わなければ、悪用も起きないのでは」
「起きません。ただし、救助布も糸鼠もリネットもありません。技術を使わないことで避けられる危険と、使わないことで失われる救助があります。その両方を見て決める必要があります」
別の学生が聞いた。
「人形に意思はありますか」
講堂が少しざわめく。
私はリネットを見た。
「分かりません」
正直に答えた。
「リネットは記録を蓄積し、私の名前を呼ぶようになりました。それを意思と呼ぶ人もいるかもしれません。けれど、私は人形を人間と同じようには扱いません。人間の代わりに死を引き受ける存在にしてしまうと、人間が危険の責任を手放すからです」
リネットが平らな声で補足した。
「四九番、救助補助具。責任者、外部人間」
学生たちが慌てて筆記した。
私は続けた。
「道具を大事にすることと、道具に責任を押しつけることは違います。ここを間違えると、白糸会のようになります」
講義の最後に、私は学生たちへ練習布を配った。
課題は、命令を入れないこと。
ただ、結び、ほどく。
多くの学生は拍子抜けした顔をした。
「命令糸を学ぶ最初の課題が、命令しないことですか」
「はい」
「なぜですか」
「ほどける感覚を知らない人は、縛る力を持つべきではありません」
講堂は静かになった。
学生たちは、黙って紐を結び、ほどいた。
講義後、レオンス殿下が近づいてきた。
「いい講義だった」
「ありがとうございます」
「私は、ほどける感覚を学ぶのが遅すぎた」
「遅くても、学ばないよりはいいと思います」
「厳しいが、救いがある言葉だ」
彼は苦笑した。
その後、学院では命令糸倫理の基礎講義が正式科目になった。
最初の課題は、結んでほどくこと。
地味だと文句を言う学生も多い。
けれど、地味な課題ほど、未来の危険を減らすことがある。
私はそのことを、王宮の灯りが消えた夜からずっと知っている。




