後日譚 第九話 リネット四九番の点検休暇
リネット四九番の点検休暇は、毎月二日と決まった。
一日目は完全停止して内部の糸を休ませる。二日目は外布の洗浄、関節の油差し、記録糸の整理。人形に休暇という言葉が合うかは今でも分からないが、工房の誰もがそう呼んでいる。
休暇の日、リネットは工房の窓辺に座る。
何もしない。
ただ、座る。
最初、私はそれを少し奇妙に思った。命令を入れなければ、リネットは自分から景色を楽しむわけではない。けれど、窓辺に置くと、子どもたちが通りかかったときに手を振る。リネットは定型命令で手を振り返す。そのやり取りが、いつの間にか街の風景になった。
ある点検休暇の日、ユリスが赤い鳥を持ってやって来た。
「リネット、休み?」
「点検休暇中」
「じゃあ、赤い鳥も休ませる」
彼は赤い鳥をリネットの隣に置いた。
続いて、水路で助かった石工が救助布を持ってきた。
「これも、今日は休みだ」
赤糸学舎の子どもたちも、自分たちの練習布を持ってきた。
窓辺は、いつの間にか小さな休暇棚になった。
私はその光景を見て、少し笑った。
道具を休ませることは、道具を信頼することに似ている。壊れるまで使うのではなく、長く一緒に働くために止める。
リネットの記録糸を整理していると、過去の断片がいくつも出てきた。
王宮の大広間。
「お言葉ですが、殿下。わたくしは本日、欠席しております」
火事の西回廊。
「任務、完了しました」
坑道。
「水袋、受け渡し」
地下劇場。
「赤糸、優先。手を、離さない。ただし、三十呼吸後、解除」
そして、工房。
「コレット」
私はその記録を、消さずに残した。
人形に魂があるかどうかは、分からない。
でも、記録はある。
仕事をした証がある。
それで十分だと思った。
夕方、ノア様が工房へ来た。
「休暇棚ですか」
「そうなりました」
「人間用も必要ですね」
「椅子があります」
「椅子だけでは足りないかもしれません」
彼は、私の前に小さな包みを置いた。
中には、温泉地の宿の案内が入っていた。
「次の休暇は、本当に休暇にしましょう」
「視察は」
「ありません」
「事故記録は」
「読みません」
「救助布の試験は」
「しません」
私は少し困った。
ノア様は真面目な顔で言った。
「リネットも点検休暇を取れるのですから、技術監督も取れます」
反論できなかった。
窓辺のリネットが言った。
「コレット、休暇、必要」
人形にまで言われた。
私は温泉地の案内を受け取った。
「分かりました。休暇を登録します」
ノア様は満足そうにうなずいた。
点検休暇の制度は、その後、救命具師組合で最も守られる規則の一つになった。
理由は簡単だ。
リネット四九番が、毎月窓辺で休んでいるからである。




