後日譚 第八話 父の手紙
父から手紙が届いた。
アーヴェル伯爵家の封蝋ではなく、個人の小さな印が押されている。剣を巻く蔦ではなく、ただの蔦。家名を背負う手紙ではなく、父自身からの手紙だと分かった。
私は工房の窓辺で封を切った。
内容は短かった。
『コレットへ。
先日、領内の古い橋の点検をした。これまでなら、私は報告書だけを読んで済ませていただろう。だが、実際に橋の下を見に行った。支柱にひびがあった。修繕を命じた。
針を持たない手にも、責任は残る。
お前の母の言葉を、ようやく少し理解した。
許されるために書いているのではない。記録として送る。
ジェラール』
私は、手紙をしばらく見つめていた。
父は変わろうとしている。
それは、私に許しを求めるためかもしれない。母への後悔かもしれない。処分を受け、社交の場を失った人間が、遅れて現場を見るようになっただけかもしれない。
それでも、古い橋は修繕された。
それは意味がある。
私は返事を書いた。
『お父様へ。
橋の点検記録を拝見しました。支柱のひびを早期に見つけたのは良い判断です。修繕後、半年ごとの再点検をおすすめします。
母の言葉を記録として使ってくださったことは、受け取りました。
コレット』
ニナが横から覗き込んだ。
「もう少し、娘らしいことを書かなくていいのですか」
「橋の再点検は大事です」
「そうですけど」
「それに、これが今の私に書ける娘らしさです」
ニナは少し考え、うなずいた。
「たしかに、お嬢様らしいです」
手紙を出した数週間後、父から橋の図面が届いた。
再点検の相談だった。
和解とは、劇的に抱き合うことではなく、ひびの入った橋を一緒に見始めることなのかもしれない。
私はその図面に赤い印をつけ、必要な支えを提案した。
父と私の間の橋も、きっと同じだ。
すぐには渡れない。
けれど、点検と修繕を続ければ、いつか短い距離なら歩けるかもしれない。




