後日譚 第六話 ニナの一号機
ニナが自分の救命具を作った。
名前は、糸燕一号。
小さな布の燕で、赤い鳥より細く、速く、梁や棚の上を移動できる。目的は、火災時に高い場所の煙を確認し、避難方向を知らせること。羽根には薄い耐熱布を使い、腹に小さな光石を入れている。
私は設計図を見て、感心した。
「よくできています」
ニナは緊張した顔で立っていた。
「本当にですか」
「はい。特に、羽根の解除糸を外側に出したのがいいです。煙で絡んだときに引けます」
「お嬢様にそう言われると、嬉しいより先に、膝が抜けそうです」
「座りますか」
「椅子条項、お願いします」
彼女は作業椅子に座った。
初試験は、王都支部の裏庭で行われた。
煙を出すために湿った藁を少し燃やし、避難経路の模型を作る。見学者は、支部の職人と赤糸学舎の子どもたち。ニナは自分で説明に立った。
「糸燕一号は、火元に突っ込む道具ではありません。高い場所の煙の流れを見て、逃げやすい方向を知らせます。光が三回点滅したら、その方向は煙が濃いです。赤い糸を引くと停止します」
声は少し震えていたが、最後まで言えた。
試験が始まる。
糸燕は、最初の羽ばたきで地面に落ちた。
子どもたちが「あ」と声を上げる。
ニナの顔が赤くなる。
私は口を出さなかった。
彼女は深呼吸し、糸燕を拾い、羽根の角度を直した。
「羽根が重すぎました。光石を半分にします」
その場で部品を外し、再試験。
今度は飛んだ。
低いが、飛んだ。煙の上をかすめ、光を二回、三回と点滅させる。最後に赤糸で停止させると、糸燕は木の枝に引っかかって止まった。
完全ではない。
でも、試験としては十分な成果だった。
子どもたちが拍手した。
ニナは泣きそうになった。
「泣くと記録が書けません」
私が言うと、彼女は笑いながら涙を拭いた。
「お嬢様は、そういうところがあります」
「どのようなところでしょう」
「泣いていいと言う前に、記録を言うところです」
「泣いてもいいです。記録も書きましょう」
「はい」
その夜、ニナは糸燕一号の失敗と成功を台帳に書いた。
初回飛行、失敗。
原因、光石過重。
修正、光石半分。
再試験、低空飛行成功。
改善点、羽根の耐久性、煙中の視認性、枝への引っかかり。
最後に、彼女は小さく書き足した。
『自分の道具が飛ぶと、手が震える。でも、震えても針は持てる』
私はその一文を見て、何も言わずにうなずいた。
ニナはもう、救われた侍女だけではない。
自分の針で、誰かの逃げ道を照らす職人になり始めている。




