後日譚 第五話 レオンスの焼き栗
レオンス殿下が祭りの焼き栗を食べに来たのは、王都支部の開所から一か月後だった。
王族監査補佐という肩書きになっても、彼が街の屋台に並ぶのは簡単ではない。護衛は必要だし、人目もある。けれど、彼は本当に並んだ。
料理長の木苺パイ屋台の隣にある焼き栗屋で、外套の襟を立て、護衛を後ろに従え、他の客と同じ列に立っている。
私は支部の窓からその様子を見ていた。
「目立ちますね」
ニナが言った。
「王族ですから」
「でも、列を抜かしていません」
「料理長の影響かもしれません」
殿下は順番が来ると、焼き栗を一袋買った。店主は緊張して手を震わせていたが、殿下は礼を言い、代金をきちんと払った。
その後、彼は支部へ来た。
「コレット嬢」
「殿下。焼き栗は」
「うまい」
彼は少し驚いた顔で言った。
「王宮の菓子より、ずっと熱い」
「焼きたてですから」
「なるほど」
彼は栗を一つ、手袋を外して割った。
指先に熱が伝わったらしく、少し顔をしかめる。
以前の彼なら、使用人に剥かせただろう。今は、自分で不器用に殻を割っている。その様子を、支部の子どもたちがじっと見ていた。
「王子様、下手」
一人が言った。
護衛が慌てたが、殿下は笑った。
「元王太子だ。栗剥きは初心者だ」
「教えてあげる」
子どもが隣に座り、殻の割り方を教えた。
殿下は真剣に聞いた。
その光景を見て、私は不思議な気持ちになった。
かつて彼は、私を婚約者として見ていなかった。私の仕事も、努力も、地味だと笑った。その事実は消えない。けれど、今の彼が焼き栗の殻を子どもに教わっている姿は、白糸会の鏡舞台から降りた人間の姿に見えた。
殿下は栗を食べ終えると、私に小さな書類を差し出した。
「地方救助制度の草案だ。ルブラン組合の規格を、他領でも使えるようにしたい。もちろん、技術の権利は組合に残す」
「監査します」
「だろうと思った」
彼は苦笑した。
「昔の私は、その言葉を嫌った。今は、聞くと安心する」
「それはよかったです」
「コレット嬢」
「はい」
「私は、君に許されることを目的にしてはいけないのだろうな」
少し意外な言葉だった。
私は窓の外の屋台を見た。
「許しを目的にされると、許すかどうかが私の仕事になってしまいます」
「そうか」
「殿下の仕事は、殿下が傷つけたものと、殿下がこれから守れるものに向き合うことだと思います」
殿下は静かにうなずいた。
「厳しいが、分かりやすい」
「良かったです」
彼は焼き栗の袋を持って帰った。
その背中を、子どもが追いかける。
「王子様、殻は道に捨てちゃだめだよ!」
「分かっている!」
殿下が少し慌てて答える。
支部の中に笑いが広がった。
人は変われる。
ただし、変わったことを証明するのは、大きな言葉ではなく、殻を拾う手や、列に並ぶ足や、草案に権利条項を入れる筆なのだと思った。




