第42話 花嫁は本人です
ノア様との結婚式は、春に行われた。
場所は王都ではなく、グラン・エリオの小さな聖堂。鉱山へ向かう道の途中にある、石造りの古い建物だ。窓からは雪解けの川が見え、遠くに銀鷹が飛ぶ。
招待客は多すぎず、少なすぎず。
ルブラン家の人々、救助隊、職人、赤糸学舎の子どもたち、ミナ様、マルタ隊長、ニナ、料理長、そして父。レオンス殿下からは祝いの手紙が届いた。本人は来なかった。賢明な判断だと思う。
式の朝、ニナは私のドレスを整えながら、何度も泣きそうになっていた。
「泣くと針目が歪むわ」
「もう縫い終わっています」
「では、泣いてもいいのね」
「泣きません。お嬢様の晴れ姿をちゃんと見ます」
ドレスは白ではなく、薄い銀灰色だった。
裾には、母の型紙から取った救助布の模様を淡く刺繍している。赤い停止糸は袖口に一本だけ。結婚式に停止糸を入れるのはどうかとニナに言われたが、ノア様が「安心します」と言ったので採用された。
リネットは、指輪を運ぶ役になった。
当初、私は断った。人形に花嫁の代わりをさせるようで、少し気が引けたからだ。けれど、赤糸学舎の子どもたちが言った。
「リネットは、代わりじゃなくて一緒に来るんでしょう」
その通りだった。
リネットは私の代わりではない。
私の仕事の最初の相棒だ。
聖堂の扉が開く前、父が私の横に立った。
彼は少し緊張していた。
「本当に、私が歩いてよいのか」
「嫌なら、マルタ隊長に頼みます」
「それは、少し怖いな」
父が冗談を言った。
ぎこちないが、以前の彼なら言わなかった。
「お父様」
「何だ」
「私は、まだすべて許したわけではありません」
「分かっている」
「でも、今日は歩いてください。母の指貫を持つ手として」
父の目が潤んだ。
「ああ」
彼は、私の手を取った。
聖堂の中へ進む。
参列者が立ち上がる。ニナはもう泣いている。ミナ様も泣いている。マルタ隊長は腕を組んで、泣いていない顔をしているが目が赤い。料理長は木苺パイの入った籠を持っていた。なぜ式場に持ち込んでいるのか分からないが、あとで食べるのだろう。
祭壇の前に、ノア様が立っていた。
黒い礼服に銀鷹の徽章。いつもより少し緊張している。私を見ると、表情が柔らかくなった。
父が私の手を離す。
「幸せになれ」
「努力します」
「そこは、はい、でいいのではないか」
「幸せも運用が必要ですので」
父は少し笑い、席へ下がった。
誓いの言葉は、一般的なものに少しだけ手を入れた。
互いの声を聞くこと。
無理な命令をしないこと。
沈黙を当然と思わないこと。
必要なときには椅子に座ること。
司祭が最後の条項で少し詰まったが、参列者の多くは真面目にうなずいていた。ルブラン領では、椅子条項の重要性がすでに共有されている。
指輪を運ぶため、リネットが進み出た。
灰銀の小さな正装。右手の赤い停止点。焦げ跡の残る顔。
司祭が微笑んだ。
「指輪を」
リネットは、箱を開けた。
「指輪、確認。任務、祝福補助」
聖堂に小さな笑いが広がった。
ノア様が私の指に指輪をはめる。
私は彼の指に指輪をはめる。
その手は、救助現場で支柱を支え、書類に職人停止権を書き、私の手を地下から引き戻した手だ。
司祭が言った。
「これより、二人を夫婦と認めます」
拍手が起こった。
私はノア様を見た。
「今度は、欠席していません」
ノア様は笑った。
「はい。本人確認済みです」
リネットが平らな声で言った。
「花嫁、本人。登録確認」
拍手が、さらに大きくなった。
私は笑った。
建国祭の夜、私は婚約破棄の会場に欠席していた。
でも、今日の私はここにいる。
自分の足で歩き、自分の声で誓い、自分の仕事を持ったまま。
花嫁は、本人です。




