第37話 冬至祭の王都
冬至祭の王都は、光で満ちていた。
大通りには白と金の布が掛けられ、店先には冬の果実と焼き菓子が並ぶ。神殿から王宮へ続く道には、巨大な白幕の舞台が作られていた。昼は祈りの劇、夜は王家の灯火儀礼が行われるという。
美しい。
だからこそ、私はまず裏を見た。
舞台の支柱、布の縫い目、幕を吊る滑車、逃げ道、群衆を分ける柵。王都の式典係は、ルブランの救助隊がそこまで見ることに不満そうだったが、監査院の正式な腕章を見せると黙った。
マルタ隊長は舞台の床を靴で叩いた。
「鳴りが悪い。下に空洞があるね」
王都の舞台監督がむっとした。
「これは古い劇場跡を利用した由緒ある舞台です」
「由緒があっても床は抜ける」
身も蓋もないが、正しい。
私は糸鼠を床下へ入れた。
石の空洞。
古い木材。
湿気。
そして、白い布。
糸鼠が拾った感触に、指先が強張った。
「床下に白布があります。補強布ではないかもしれません」
舞台監督が青ざめる。
「そんなはずは。神殿の装飾業者が昨夜、幕の張り替えを」
「業者名は」
「白妙装飾」
ノア様が記録係に目を向けた。
「押収帳簿にある白糸会系の名です」
祭りは明日。
白糸会は、すでに舞台へ入っている。
監査院の係官が舞台下の捜索を始めた。すると、白布は支柱の裏、幕の滑車、客席側の柵、神殿の行列用の衣装箱にも見つかった。命令は一つではない。
ほどけろ。
隠せ。
忘れろ。
倒れろ。
舞台を崩すための命令だけではない。混乱を起こし、目撃者の記憶を曖昧にし、特定の幕を落とし、群衆を一方向へ流すための布だった。
「祭りを中止すべきです」
私は言った。
監査院長は苦い顔をした。
「そうしたい。しかし、王都全体にすでに人が集まっている。中止を告げれば、それだけで混乱が起きる。白糸会が別の場所で仕掛ける可能性もある」
ノア様が地図を広げた。
「なら、祭りを縮小し、舞台を使わない。群衆の流れを分散させる。白幕は撤去」
「神殿が反対するでしょう」
「神殿の地下で子どもが縫わされていた直後です。反対するなら、その理由も記録します」
監査院長は少しだけ笑った。
「ルブラン卿、あなたは王都で友人が少ないでしょう」
「必要な敵が増えるだけなら、構いません」
そのやり取りを聞きながら、私は舞台の白幕を見上げた。
美しい布だ。
光を受ければ、祈りの場にふさわしく見えるだろう。けれど、裏には命令糸が走っている。
見た目を信じるな。
それが、この物語の始まりからずっと続く言葉だった。
夕方、王太子殿下が安全監査の場へ来た。
彼は現在、権限停止中だが、冬至祭では王族として短い挨拶をする予定だった。表情は硬い。隣には、ミナ様はいない。彼女は赤糸学舎の子どもたちと一緒に、保護者席の安全確認をしている。
「コレット嬢」
「殿下」
「舞台に仕掛けがあったと聞いた」
「はい」
「また、私のいる場か」
自嘲に近い声だった。
私は少し考えた。
「殿下がいるから仕掛けられるのではなく、殿下が見せ物として使いやすいからだと思います」
「厳しいな」
「舞台の話です」
殿下は白幕を見た。
「私は、ずっと舞台の中央に立っていたのかもしれない。自分が主役だと思っていたが、糸を引かれていただけなのだな」
「糸を引かれていたとしても、足を動かしたのは殿下です」
「分かっている」
彼はうなずいた。
「だから明日、王家の挨拶で謝罪する。建国祭の件、白糸会の件、王太子府の責任について」
私は驚いた。
監査院長も、ノア様も少し目を見開いた。
「王族の謝罪を、祭りの場で?」
「止められるだろうな。だが、白糸会は王家の威信を守るという名目で人を縛ってきた。なら、王家の者が威信より事実を選ぶところを見せなければ、終わらない」
以前の殿下なら、言わなかった言葉だ。
許すこととは別に、人は変わることがあるのだと思った。
「その挨拶を利用される可能性があります」
ノア様が言った。
「分かっている。だから、あなた方に監査を頼みたい」
殿下は頭を下げた。
王都の冬の風が、白幕を揺らす。
明日の祭りは、ただの儀礼ではなくなった。
白糸会が作った鏡舞台。
王太子の謝罪。
救命具師組合の公開監査。
すべての糸が、同じ舞台に集まりつつあった。




