第36話 白糸会という名前
冬の終わり、王都監査院から新しい書簡が届いた。
白糸工房の地下作業場は閉鎖され、関係者の多くが捕まった。クレマンは拘束されたまま供述を続けている。王太子府の一部官吏、神殿の高位神官、商会の仲介人。糸は次々にほどけているはずだった。
だが、ほどけた糸の奥に、さらに古い結び目があった。
書簡には、白糸会、という名前があった。
白糸工房は組織の表の一部にすぎず、実際には王宮儀礼、神殿衣装、貴族の代理出席、証言調整、密かな身代わりづくりを長年請け負ってきた非公式の職人集団があるという。記録上は存在しない。けれど、王宮の古い式典記録や神殿の会計帳簿に、同じ印が繰り返し現れていた。
白い糸巻き。
白糸会。
私はその名を読み、工房の窓の外を見た。
雪解け水が屋根から落ちている。街は冬を越えようとしていた。救命具師組合は、毎日忙しい。坑道用の糸鼠は改良され、赤糸学舎の子どもたちは大きな練習針で自分の手袋を縫えるようになった。ミナ様は少しずつ笑うようになり、ニナは工房主任補佐として若い職人たちを叱っている。
平穏になりかけたところへ、王都の古い影がまた伸びてきた。
ノア様は書簡の続きを読んだ。
「監査院は、白糸会が近く動く可能性があると見ています」
「理由は」
「冬至祭です」
冬至祭。
王都で最も古い祭りの一つだ。王宮、神殿、貴族院、市民広場をつなぐ大行列が行われる。王太子も、神殿の代表も、監査院も、貴族も民も、同じ通りに集まる。
人目が多い。
そして、混乱を起こすには最悪で、最高の場所だ。
ノア様は続ける。
「監査院が押収した帳簿の中に、『鏡舞台』という計画名がありました。詳細は不明ですが、王宮冬至祭の臨時舞台設営、神殿の白幕、代理人形の搬入記録が一致しています」
「鏡舞台」
その名前は、嫌な響きだった。
鏡に映ったものは、本物に見える。けれど左右が違う。舞台なら、観客の視線を使って、見せたいものだけを見せられる。
私が婚約破棄の会場にリネットを送ったときも、周囲は見た目を信じた。
白糸会は、その弱さをずっと使ってきたのだろう。
「監査院は、ルブラン救命具師組合に協力を求めています。公開登録制度の見本として、冬至祭の安全監査に参加してほしい、と」
私は書簡を受け取った。
王都へ戻る。
また、あの場所へ。
ニナが不安そうに言った。
「お嬢様、危険です」
「危険ね」
「行くんですね」
「行かないと、誰かが白い布の中に閉じ込められるかもしれない」
ニナはため息をついた。
「では、私も行きます」
「ニナは工房を」
「主任補佐です。現場に出る権限があります」
自分で任命した肩書きに、こういう形で返されるとは思わなかった。
マルタ隊長も、いつの間にか工房の入口に立っていた。
「救助隊も出すよ。冬至祭の安全監査なら、現場を見る目がいる」
「王都の祭りですよ」
「人混みで倒れる奴も、舞台が崩れるのも、火事が出るのも、王都だからって特別じゃない。むしろ王都の方が見栄で危ない」
たしかに。
リネットは作業台の上から言った。
「冬至祭、出席確認」
「あなたも行くの?」
「登録番号一番、公開登録制度の見本。出席、必要」
本人、いや本体の判断らしい。
ノア様は、私の顔を見た。
「コレット嬢、無理に行く必要はありません」
「ノア様は?」
「私は領主として行きます。監査院から正式協力要請があります」
「では、技術監督として行きます」
彼は少しだけ困った顔をした。
「予想していました」
「止めませんか」
「椅子条項を先に使いたいところですが、今回は座っても結論が変わらないでしょう」
「はい」
「なら、準備をしましょう」
その日から、工房は冬至祭仕様に切り替わった。
人混み用の短い救助布。
舞台裏を走る糸鼠。
煙を拾う赤い鳥。
リネットには、王都の式典用に灰銀の上着を縫った。夜会の青いドレスではなく、職人としての正装。右手の赤い停止点は隠さない。
母の型紙も持っていく。
白糸会が鏡舞台を用意するなら、私は裏面を見る。
舞台衣装係だった前世の私と、救命具師になった今世の私。
どちらの目も、舞台の裏を見るためにある。




