第35話 冬の救命具師組合
ルブラン救命具師組合が正式に発足した日は、初雪だった。
領主館の前庭に小さな式台が作られ、職人、救助隊、医療所、赤糸学舎の子どもたち、鉱夫、商人、街の人々が集まった。華やかな式典ではない。雪で足元はぬかるみ、風は冷たく、式台の布は何度もめくれた。
けれど、私には王宮の大広間より温かく感じた。
式の最初に、リネット四九番が登録台帳を運んだ。
焦げ跡の残る顔、右手の赤い停止点、灰色の作業服。かつて王太子に断罪された身代わり人形は、今では救命具師組合の第一登録具になっている。
台帳の一ページ目には、こう書かれている。
『登録番号一番 リネット四九番 製作者コレット・アーヴェル 用途:代理挨拶用より救助補助用へ改修 停止糸:右手甲、袖口、背中』
登録番号一番なのに四九番。
そこが少しややこしいが、リネットは気にしていない。
「識別に支障なし」
本人の意見はそれだった。
ノア様は式辞で、救助具の公開登録制度、停止糸の義務化、職人停止権、点検休暇、事故記録の公開を宣言した。王都監査院からも承認が届いている。白糸工房の地下作業場の発覚により、秘密工房への批判が高まったことも追い風になった。
私は技術監督として短く話した。
「救命具は、人の代わりに命を決める道具ではありません。人が届かない最初の場所へ、手がかりを届ける道具です。止め方を見せ、記録を残し、使う人が学び続けることを条件に、この組合を始めます」
風が強く、紙が飛びそうになった。
ニナが素早く押さえてくれた。
私は少し笑って、続けた。
「それから、職人も止まれます。無理な命令、不正な命令、過労、記録の隠蔽があれば、針を置く権利があります。人を助ける道具を作るために、作る人を壊してはいけません」
職人たちの中から、静かな拍手が起こった。
それは、私がいちばん聞きたかった音かもしれない。
式のあと、組合の工房では初仕事が始まった。
冬の鉱山用に、温度を知らせる糸鼠。
雪崩用に、音を拾う赤い鳥。
医療所用に、意識が混濁した患者が握ると脈の乱れを知らせる握り布。
どれも小さな道具だ。
世界を一度に変えるものではない。
けれど、暗い場所に最初に届くには、小ささが必要なこともある。
夕方、工房の外でノア様が待っていた。
「技術監督、初日はどうでしたか」
「書類が多いです」
「それは申し訳ない」
「でも、必要な書類です」
「よかった」
彼は少し安心したように見えた。
私は雪の降る庭を見た。
「ノア様」
「はい」
「以前の申し込みの返事ですが」
彼の姿勢がわずかに変わった。
共同経営者として、人生をともに。
あの言葉を、私はずっと考えていた。仕事の合間に、救助布を縫いながら、父と向き合ったあと、赤糸学舎で子どもたちを見るたびに。
結婚は、私にとって長いあいだ役目だった。
誰かの隣に立つための教育。家のため、王家のため、見栄のため。
でも、ノア様の隣は違う。
彼は私の仕事を止めない。私の権利を面倒がらない。私が危険な場所へ行こうとすれば反対するが、声を奪わない。必要なら支柱になるし、私が支柱を点検することも認める。
「私は、あなたと一緒に仕事を続けたいです」
「はい」
「人生の共同経営についても、前向きに検討しました」
「検討結果は」
「受けます。ただし、条件があります」
ノア様は、真面目にうなずいた。
「伺います」
「私は、結婚しても救命具師組合の技術監督を続けます。母の型紙と私の技術の権利は、組合規約どおりに守ります。子どもができるかどうか、王都の社交にどれだけ出るか、そういう話はあとで具体的に相談します。曖昧な期待で進めたくありません」
「すべて同意します」
「早いです」
「必要な条件です」
彼は少しだけ笑った。
「私からも条件があります」
「はい」
「あなたが無理をしていると判断したとき、私は止めます。あなたは反論して構いません。ただし、反論の前に一度は椅子に座ってください」
「椅子」
「はい。立ったままのあなたは、止まりません」
私は笑ってしまった。
「分かりました。椅子条項を入れましょう」
「契約書に?」
「もちろん」
ノア様も笑った。
雪が降っている。
王宮の大広間で婚約破棄された夜、私は厨房で木苺パイを食べていた。あのときは、こんな冬の日に、自分の仕事と結婚の条件を同じ真面目さで話すとは思っていなかった。
でも、これが私らしいのだと思う。
愛は、手順を嫌わない。
大事なものほど、きちんと止め方と続け方を決めておく。
ノア様は、私の手を取った。
手袋越しでも温かかった。
「では、コレット嬢。これからも、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、ノア様」
リネットが工房の窓からこちらを見ていた。
「共同経営、確認」
聞こえていたらしい。
私たちは同時に振り返り、少しだけ顔を赤くした。




