表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄の会場に、私だけ欠席していました~王子が断罪した“悪役令嬢”は、私が縫った身代わり人形です~  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/97

第34話 アーヴェル伯爵家の清算

 父がルブラン領を訪ねてきたのは、組合設立準備が進む晩秋だった。


 王都での審問後、アーヴェル伯爵家は監査を受けていた。白紙封書の件、母の型紙に関する過去の取引、白糸工房からの納品記録。父は火災の直接命令者ではなかったが、印章管理と白糸工房への便宜供与で処分を受けることになった。


 爵位は保たれた。


 ただし、王宮礼典関係の役職を失い、罰金を科され、しばらく王都社交から遠ざけられる。


 父にとっては、重い罰だろう。


 彼は領主館の応接室で、以前より老けて見えた。立派な上着を着ているが、肩の張りがない。継母も妹も同行していない。


「コレット」


「お父様」


 私は向かいに座った。


 ノア様は同席しないと言った。必要なら隣室にいる、と。父と向き合うのは、私自身の仕事だと分かってくれたのだと思う。


 父はしばらく黙っていた。


「お前の母のことを、話さねばならない」


「はい」


「あれは、針仕事に取りつかれた女だった」


 昔なら、その言い方に反発しただろう。


 今は、黙って聞いた。


「王宮の衣装室で働き、白糸工房とも付き合いがあった。だが、ある時期から工房を嫌うようになった。命令糸は人を縛るものではない、と言ってな」


 父は、苦い顔をした。


「私は理解しなかった。布に命令を入れるなど、王宮の便利な技術の一つだと思っていた。お前の母は、救助布の型紙を隠した。白糸工房は、それを欲しがった。私は、少しくらい渡しても家の利益になると思った」


「渡したのですか」


「一部は」


 胸が痛んだ。


「母は、それを知って」


「怒った。私を初めて、心底軽蔑した目で見た」


 父は手を握った。


「その後、体を壊した。白糸工房から来た記憶補助布を使えば楽になると言われ、私は受け入れた。あれが本当に補助だったのか、今は分からない。お前の母は、最後には私の顔も見たがらなかった」


 私は、息をゆっくり吸った。


 母の死に、父がどれほど関わったのかは、まだ完全には分からない。直接殺したわけではないかもしれない。けれど、母の仕事を軽んじ、白糸工房へ道を開き、母を孤立させた。


 それは、十分に罪だった。


「なぜ、今話すのですか」


「審問で、お前は私にしていない罪を着せなかった」


「証拠がありませんでした」


「分かっている。それでも、私は救われた。だから、せめて私がしたことは話すべきだと思った」


 父は、机の上に小さな箱を置いた。


「お前の母が私に預けたものだ。私は、処分したと言っていたが、できなかった」


 箱の中には、銀の指貫が入っていた。


 母のものとは違う。男性用に少し大きい。内側に、母の筆跡で文字が彫られている。


『針を持たない手にも、責任は残る』


 私は指貫を見つめた。


 母は父にも、何かを残そうとしていたのだ。


 父は、それを使わなかった。


「コレット。私は、お前を王太子妃にすることしか見ていなかった。お前の手が何を作れるか、見なかった」


「はい」


「謝って済むことではない」


「はい」


「それでも、謝らせてほしい」


 父は頭を下げた。


「すまなかった」


 私は、すぐには答えられなかった。


 許す、という言葉は重い。


 父が今さら謝ったからといって、子どものころに飲み込んだ言葉が消えるわけではない。母の孤独が戻るわけでもない。王宮での年月が、別のものになるわけでもない。


「お父様」


「何だ」


「私は、あなたを今すぐ許せません」


「分かっている」


「でも、その指貫は受け取ります。母の言葉なので」


 父はうなずいた。


 私は続けた。


「アーヴェル家には戻りません。救命具師組合に関わる母の型紙と私の技術について、家が権利を主張しない書面を作ってください」


 父は、少しだけ目を見開いた。


「それが、お前の清算か」


「はい」


「分かった」


 父は、迷わず書面に署名した。


 かつて私の道具を王宮へ差し出そうとした人が、今度は私の技術を家から切り離す紙に署名する。その手は少し震えていた。


 応接室を出る前、父は立ち止まった。


「コレット。お前の母は、お前が針を持つ姿を見るのが好きだった」


「覚えています」


「私も、見ればよかった」


 その言葉に、胸の奥が少しだけ痛んだ。


 父が帰ったあと、私は工房で母の指貫と父の指貫を並べた。


 片方は針を持つ手のため。


 もう片方は、針を持たない手の責任のため。


 私は新しい登録台帳の最初のページに、母の言葉を書いた。


 針を持たない手にも、責任は残る。


 救命具師組合の規約に、その一文を入れることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ