表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄の会場に、私だけ欠席していました~王子が断罪した“悪役令嬢”は、私が縫った身代わり人形です~  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/97

第33話 共同経営の申し込み

 秋が近づくころ、ルブラン救助具試作室は、試作室という名前では収まらなくなっていた。


 リネット四九番。


 糸鼠六体。


 赤い鳥五体。


 救助布三十本。


 水路用の浮き布、坑道用の防塵布、雪崩用の音糸、医療所向けの握り布。すべてに停止糸と登録番号をつけ、使用記録と点検記録を残す。鍛冶場、木工場、織物職人、救助隊、医療所、赤糸学舎が関わるようになり、私一人の工房ではなくなっていた。


 ノア様は、正式な組織化を提案した。


 場所は、工房ではなく領主館の執務室。


 机の上には、事業計画書、予算案、職人登録制度、王国監査院への報告書案が並んでいる。王太子妃教育で見慣れた書類より、ずっと泥と汗の匂いがする内容だった。


「名称は、ルブラン救命具師組合」


 ノア様が言った。


「あなたを初代技術監督として迎えたい」


「技術監督」


「はい。製作基準、停止糸の規格、記録管理、職人教育を担当してもらいます。私は領主として資金と法的保護を用意する。マルタ隊長は現場試験。ミナ様は赤糸学舎での基礎教育。ニナは工房主任補佐」


 ニナが、隣で固まった。


「私ですか」


「あなたです」


 ノア様は平然と言った。


「救助布の量産で、あなたの針目が最も安定していると報告を受けています」


 ニナは真っ赤になった。


「お嬢様、私、主任補佐ですって」


「おめでとう。仕事が増えます」


「喜びと恐怖が同時に来ました」


 私は書類を読み込んだ。


 予算、材料調達、職人の賃金、事故時の責任範囲、救助具の貸与制度。どれも現実的だ。夢ではなく、動かすための計画になっている。


 ただ、一つだけ気になる項目があった。


「ノア様。この出資比率ですが」


「はい」


「ルブラン家が七割、私個人が三割になっています」


「あなたの母君の型紙と、あなた自身の技術が基礎です。無償提供にはできません」


「ですが、私は大きな資金を出せません」


「出資は金銭だけではありません。技術、型紙、登録制度、教育体系。あなたが出しているものは、金貨では測りにくい」


 私は書類を見つめた。


 王宮にいたころ、私はずっと家や王家のために技術を使っていた。私の仕事は、当然のように無償で吸い上げられていた。母の型紙も、白糸工房に奪われかけた。


 ノア様は、それを共同経営として扱おうとしている。


「私に、所有権を持たせるのですか」


「はい」


「あとで面倒では」


「面倒です」


 即答だった。


「ですが、面倒を避けるために技術者から権利を奪うと、白糸工房と同じ構造になります」


 その言葉で、私は書類を閉じた。


「分かりました。受けます」


 ニナが小さく拍手した。


 ノア様は、少しだけ肩の力を抜いたように見えた。


「ありがとうございます」


「こちらこそ。ですが、一つ条件があります」


「何でしょう」


「組合の規約に、停止糸と同じように、職人が仕事を止められる権利を入れてください。危険、過労、不正命令、記録の隠蔽がある場合は、職人が制作を停止できること」


 ノア様は、ゆっくりとうなずいた。


「必要な条項です」


「前世の私は、それがない職場で死にました」


 ニナが息を呑む。


 私は初めて、彼女の前で前世の死をはっきり言った。


「今世では、止まれる工房を作りたいです」


「入れましょう」


 ノア様は新しい紙を取り、すぐに書き始めた。


 職人停止権。


 不正命令拒否権。


 点検休暇。


 記録公開。


 書き並べられていく文字を見ながら、私は不思議な気持ちになった。


 停止糸は、人形のためだけではなかった。


 人間にも必要なのだ。


 会議が終わるころ、窓の外には夕焼けが広がっていた。


 ノア様が書類をまとめ、ふと真面目な顔で私を見た。


「コレット嬢」


「はい」


「これは、仕事の申し込みです」


「今、受けました」


「もう一つあります」


 ニナが、なぜか静かに部屋を出ようとした。


「ニナ?」


「水を、汲みに」


「そこにあります」


「心の水です」


 意味の分からないことを言って、彼女は出ていった。


 ノア様は、少し困った顔をした。


「本当は、組合設立のあとに言うつもりでした」


「何をですか」


「あなたと、これからも一緒に仕事をしたい。領主と技術監督としてだけでなく、人生の共同経営者として」


 私は瞬きした。


 言葉は落ち着いている。


 けれど、耳まで少し赤い。


「求婚ですか」


「はい。ただし、今すぐ返事を求めるものではありません」


「共同経営の申し込みに続けて求婚されるとは思いませんでした」


「分けるべきでした」


「いえ、ノア様らしいです」


 私は窓の外を見た。


 王太子妃になるための婚約は、十歳の私に与えられた役目だった。


 ノア様の言葉は違う。


 私の仕事を見たうえで、私の停止糸も、権利も、過去も含めて、一緒に経営したいと言っている。


「返事は、組合が正式に動いてからでもいいですか」


「もちろん」


「それまでに、共同経営者としてのノア様をもう少し監査します」


 ノア様は、真面目にうなずいた。


「必要な監査です」


 廊下の向こうで、ニナが小さく叫んだ。


「お嬢様らしい!」


 聞いていたらしい。


 私は少しだけ顔が熱くなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ