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婚約破棄の会場に、私だけ欠席していました~王子が断罪した“悪役令嬢”は、私が縫った身代わり人形です~  作者: 小竹X


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第32話 ミナの学校

 ミナ様は、ルブラン領に残ることになった。


 聖女としてではない。


 神殿から保護された子どもたちの治療と、読み書き、針仕事、そして自分の力を安全に使うための訓練を行う小さな学校の責任者として。


 最初にその案を出したのは、意外にもマルタ隊長だった。


「白糸の子どもたちは、針を怖がってる。でも、針を全部遠ざけたら、あいつらは自分の手を取り戻せない。怖くない針の使い方を教える場所が要る」


 私はその言葉に賛成した。


 白糸工房で縫わされていた子どもたちに、もう二度と針を持たせたくないという気持ちもあった。けれど、針そのものを恐怖の記憶に閉じ込めれば、彼らは自分の手で何かを作る力まで奪われたままになる。


 ミナ様は、最初、引き受ける資格がないと言った。


「私は、命令されていたとはいえ、嘘の証言をしました。子どもたちを守る側に立てる人間ではありません」


 私は彼女に言った。


「守る側に立つには、まず自分が何から逃げたかを忘れないことが必要だと思います。あなたは、それを忘れていません」


「あなたは、私を許していないでしょう」


「はい」


「それでも、任せますか」


「許しと適任は別です。あなたには癒やしの力があり、神殿の仕組みを知っていて、逃げた人の怖さも知っています。だから任せます。ただし、記録は残します。運営は公開します。子どもたちの意見を聞きます」


 ミナ様は、少し泣きそうな顔で笑った。


「あなたのそういうところ、最初は怖かったのです」


「今は?」


「少し安心します」


 学校は、旧倉庫を改装して始まった。


 名前は『赤糸学舎』。


 ニナが考えた。白糸ではなく、止め方の見える赤糸を学ぶ場所だから、という理由だった。


 初日は、六人の子どもたちが長机に座った。


 誰も針を持ちたがらない。無理もない。彼らの手にはまだ白糸工房の傷が残っている。


 ミナ様は、針ではなく、柔らかい太紐と大きな木の輪を配った。


「今日は、縫いません。結んで、ほどくだけです」


 少女の一人が尋ねた。


「ほどいていいの?」


「いいのです。ここでは、結んだものは必ずほどけるようにします」


 その言葉に、私は胸が詰まった。


 白糸工房では、ほどけない命令を縫わされていた。赤糸学舎では、ほどくことから始める。


 子どもたちは恐る恐る紐を結んだ。


 ぎこちない結び目。


 固く締めすぎた結び目。


 途中でやめた結び目。


 それを、自分の手でほどく。


 ただそれだけの作業に、何人かは泣いた。


 ミナ様は、泣き止ませようとしなかった。ただ、そばに座り、必要なら手に癒やしを添えた。


 私は教室の端で、古い布人形を直していた。


 子どもたちが見ているので、ゆっくり、わざと分かりやすく針を動かす。布を押さえる。針を通す。糸を引く。きつく締めすぎない。結び目を作る。ほどくための端を残す。


 一人の少年が近づいてきた。


「それ、命令を入れてる?」


「入れていません。ただの修理です」


「ただの針もあるの?」


「あります」


「ただの針で、何ができる?」


「破れた袖を直せます。寒いときの手袋を作れます。大切な人形の首を戻せます」


 少年は、少し考えた。


「命令しない針なら、持ってみたい」


 私は太い練習針を渡した。


 彼は、それを武器のように握りしめた。


「握り方を変えると、指が痛くなりません」


 私が教えると、彼は素直に持ち直した。


 その小さな変化だけで、十分だった。


 午後、ノア様が見学に来た。


 子どもたちは領主を見て少し緊張したが、ミナ様が「今日は見学の人も結んでほどきます」と言い、ノア様にも太紐を渡した。


 彼は真面目に結び、真面目にほどいた。


 子どもたちが少し笑う。


「領主様、下手」


「鉱山の縄結びなら得意です」


「これは赤糸の結びです」


「では、教えてください」


 ノア様は本当に教わった。


 私はその光景を見て、胸の奥が柔らかくなるのを感じた。


 救助具は、事故が起きたときに使う。


 でも、事故のあとに人が生きていくための道具も必要だ。


 赤糸学舎は、そのための場所になるかもしれない。


 帰り際、ミナ様が私に言った。


「コレット様。私は、いつかあなたに許してもらえるでしょうか」


 私は少し考えた。


「分かりません」


「はい」


「でも、今日のあなたは、許されるためではなく、子どもたちのために動いていました。それは記録します」


 ミナ様は、今度は泣かずに笑った。


「やはり、少し安心します」

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