第31話 工房封鎖令
救助から一週間後、工房封鎖令が届いた。
王都貴族院の一部議員と神殿本部の連名で、ルブラン救助具試作室の活動を一時停止し、すべての人形、救助布、型紙、命令糸を王都へ提出せよ、という内容だった。
理由は、危険技術の拡散防止。
白糸工房の地下作業場が発覚した直後に、よくもそんな言葉を使えるものだと、私は書面を読みながら思った。
ノア様は、執務室で封鎖令を机に置いた。
「法的には、弱い命令です。貴族院全体の決議ではなく、一部議員の要請に神殿が乗った形です」
「でも、無視すると危険ですね」
「はい。あなたの技術を白糸工房と同じ危険物として扱う世論を作りたいのでしょう」
マルタ隊長が腕を組んだ。
「ふざけた紙だ。水路で助かった連中の前で読んでみろってんだ」
「読ませましょうか」
私が言うと、全員がこちらを見た。
「封鎖令を隠すと、向こうは『危険だから隠した』と言います。なら、公開します。工房を閉じるかどうか、領の救助会議で議題にしてください」
ノア様は少し考えた。
「公開会議ですか」
「はい。救助具を使う人、救助される人、怖いと思う人、全員に見てもらいます」
「あなたへの攻撃が激しくなります」
「もう十分激しいです」
ニナが小声で言った。
「お嬢様、慣れないでください」
「そうね。慣れないように、怒ることにするわ」
公開救助会議は、旧市街の広場で開かれた。
地下水路の穴は仮の蓋で覆われ、周囲には新しい支柱が立っている。救助された石工、屋台職人、子どもたち、その家族。鉱夫、商人、神官、新聞記者。王都から来た貴族院の使者もいた。
使者は、整った声で封鎖令を読み上げた。
「命令糸を用いた人形および布は、人心を惑わし、傷害を引き起こす危険がある。よって、王都の管理下に置くまで、一切の使用を停止すべきである」
広場はざわめいた。
怖いと思う人もいる。
怒る人もいる。
私は壇上に上がった。
「封鎖令の内容は、今お聞きの通りです。私の技術には危険があります」
最初にそう言うと、使者が少し驚いた顔をした。
「危険がないとは言いません。偽物の人形が子どもを傷つけました。白糸工房は、命令糸で人を縛る布を作っていました。針も糸も、使い方を誤れば人を傷つけます」
広場は静かになった。
「だから私は、停止糸を外から見える場所に置きます。記録を残します。公開試験をします。現場の救助隊が使えないと言えば、使いません。救助具は、隠して管理するものではなく、使う人が止め方を知っているものでなければならないと思っています」
私はリネットの手を持ち上げた。
赤い停止点が見える。
「これが止める印です。救助布にも赤い解除糸があります。工房を封鎖すれば、これらは王都の倉庫へ入ります。そこで誰が管理し、誰が止め方を知るのか、私は分かりません」
使者が口を挟んだ。
「王都には専門家がいる」
「白糸工房にも専門家がいました」
広場の空気が鋭くなる。
使者の顔が赤くなった。
「無礼な」
「地下作業場で保護された子どもたちの手を見ました。専門家がいることと、安全であることは同じではありません」
救助された石工が立ち上がった。
「俺は、その布に助けられた」
声はかすれていたが、広場に届いた。
「水の中で、ずっと手に触れてた。あれがなかったら、外がどっちか分からなかった。怖いのは分かる。でも、倉庫にしまうなら、俺たちはまた暗い中で待つだけになる」
ユリスも、父親の後ろから赤い鳥を抱えて出てきた。
「ぼくは、鳥が来たから出られた」
子どもの声は、小さい。
でも、強かった。
マルタ隊長が壇上に上がった。
「救助隊長として言う。道具は危ない。縄も切れる。支柱も折れる。灯りも火事になる。だから点検し、訓練し、止め方を決める。危ないから全部取り上げろってのは、現場を知らない人間の言葉だ」
拍手が起こった。
最初は小さく、やがて広がる。
ノア様が、最後に言った。
「ルブラン領は、救助具試作室を封鎖しません。ただし、王国監査院と協議し、公開登録制度を作ります。命令糸を用いる道具には、停止糸、製作者名、使用記録、点検記録を義務づける。白糸工房のような秘密工房は認めない」
使者は反論しようとしたが、広場の空気を見て口を閉じた。
会議の後、私は工房の木札を見た。
『ルブラン救助具試作室』
泥を落とせ、というマルタ隊長の落書きはまだ残っている。
封鎖令は、正式な拒否回答とともに王都へ送り返された。
私は作業台に座り、母の型紙に新しい紙を重ねた。
秘密ではなく、公開する技術。
止め方を見せる道具。
それは、白糸工房への反論であり、母の仕事の続きだった。




