第26話 王太子の謝罪
レオンス殿下が謝罪を申し出たのは、地下作業場の捜索から二日後だった。
場所は王宮の小さな応接室。立ち会いは監査院の係官、ノア様、そして私。ミナ様は呼ばれていない。彼女には別の聴取があり、神殿から保護された子どもたちの治療にも関わっていた。
殿下は、以前よりさらに痩せて見えた。
豪奢な衣装ではなく、濃紺の上着を着ている。王太子としての品位は保っているが、目の下には疲れがある。
私は深灰のドレスで向かいに座った。
袖の停止糸は、まだ残している。
「コレット」
殿下は、少し迷ってから言い直した。
「コレット・アーヴェル嬢」
「はい」
「建国祭の夜、私は君を一方的に断罪した。本人確認を怠り、偽りの証言を信じ、婚約を破棄した。王太子としても、婚約者であった者としても、重大な過ちだった」
言葉は整っていた。
監査院の係官が記録しているから、準備された謝罪でもあるだろう。けれど、殿下の声には、少なくとも自分の失態を理解した重さがあった。
「申し訳なかった」
彼は頭を下げた。
王太子が、伯爵令嬢に頭を下げる。
以前なら、部屋中が凍りつく場面だ。実際、係官は筆を止めかけた。ノア様は動かなかった。
私は、殿下の頭を見つめた。
十歳のとき、婚約が決まった。王太子妃教育を受け、彼の隣に立つために努力した。彼が私を好きではないことには気づいていた。それでも、いつか互いに尊重できる相手になれるかもしれないと思っていた。
その期待は、建国祭の夜に終わった。
謝罪で戻るものではない。
「謝罪は記録として受け取ります」
私は言った。
殿下が顔を上げる。
「許してはくれないのか」
「今すぐには」
「そうか」
彼は苦い顔をした。
「私は、君の冷静さを嫌っていた」
「おっしゃっていましたね」
「君が手順を重んじるのは、私を信じていないからだと思っていた。愛情がないから、契約や紙に頼るのだと」
殿下は自嘲するように笑った。
「逆だったのだな。手順がなければ、私は簡単に人を傷つけた」
私は何も言わなかった。
彼は続けた。
「クレマンに操られていた、と言えば楽なのだろう。白い布が影響していた可能性もあると、監査院は言っている。だが、最後に君を断罪したのは私だ。ミナを信じ、君を疑い、大勢の前で声を上げたのは私だ」
その自覚は、必要だった。
「殿下。私は、あなたに愛されなかったことより、私が積み上げたものを確認もせず捨てられたことがつらかったのだと思います」
殿下は目を伏せた。
「君は、よく働いていた」
「はい」
「それを、私は地味だと思っていた」
「はい」
「王宮の灯りが消えて、初めて分かった。見えない仕事は、消えたときにしか見えないのだな」
その言葉は、少し胸に触れた。
遅すぎる。
けれど、まったく届かないわけでもない。
「殿下は、これからどうなさるのですか」
「王太子としての権限の一部を停止される。監査院と貴族院の監督下で、白糸工房と王太子府の調査に協力する。王位継承についても、再審議になるだろう」
彼の声には、悔しさがあった。
でも、以前のような怒りではない。
「私は、君に戻ってきてほしいとは言わない」
「言われても戻りません」
「分かっている」
殿下は、ほんの少しだけ笑った。
「君は変わったな」
「はい」
「いや、違う。私が見ていなかっただけか」
その言葉に、私は答えなかった。
許しではない。
でも、終わりの言葉としては悪くなかった。
応接室を出ると、ノア様が廊下で私を見た。
「大丈夫ですか」
「分かりません」
「正直ですね」
「大丈夫と言うと、あとで怒られそうなので」
「怒りはしません。椅子を用意します」
私は少し笑った。
そのとき、廊下の向こうからニナが走ってきた。
「お嬢様!」
「どうしたの」
「ルブラン領から急使です。グラン・エリオの地下水路で陥没が起きたそうです。春祭りの準備中で、人が大勢」
言葉の途中で、私の体が動いた。
王宮の問題は終わっていない。
白糸工房の裁きも、父との清算も、殿下の謝罪も、すべて途中だ。
けれど、今、穴の中に人がいる。
私はノア様を見た。
「戻ります」
「はい」
彼はすでに歩き出していた。
謝罪も裁きも大事だ。
でも、救助は待たない。
王都審問編の一区切りです。次からは、白糸工房の余波がルブラン領の大規模災害へつながります。ざまぁだけで止めず、コレットの仕事そのものが物語を動かします。




