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婚約破棄の会場に、私だけ欠席していました~王子が断罪した“悪役令嬢”は、私が縫った身代わり人形です~  作者: 小竹X


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第21話 父と白紙の封書

 最初に問われたのは、アーヴェル伯爵家の封蝋だった。


 燃え残った紙片は、透明な証拠板に挟まれ、監査官席の前に置かれている。赤い封蝋の紋章は、焦げた紙の上で嫌に鮮やかだった。


 父は証言台に立った。


 背筋は伸びている。声も落ち着いている。家名を背負う貴族としての姿勢は、いつも通りだ。けれど、手袋の指先だけがわずかに動いていた。


 監査官が尋ねた。


「アーヴェル伯爵。この封蝋は、伯爵家の正式印章によるものですか」


「そのように見えます」


「印章の管理者は」


「私です」


「では、この命令書を書いたのはあなたですか」


 父は一瞬、私を見た。


「いいえ」


 その声に嘘は混じっていないように聞こえた。


 私は少しだけ息を吐いた。


 父が私を守らなかったことは事実だ。母の裁縫箱を王宮へ差し出そうとしたことも。けれど、火をつけて私を殺そうとした、とまでは思いたくなかった。


 監査官は続ける。


「では、なぜあなたの封蝋が、火災現場近くで発見された命令書に残っていたのでしょう」


 父の喉が動いた。


「私は……白紙の封書を、数枚、礼典副長クレマン殿へ渡しました」


 傍聴席がざわめいた。


「目的は」


「建国祭夜会のあと、コレットの身柄について王宮と調整する必要があると言われました。家の名誉を守るため、迅速な文書処理が必要だと」


「白紙の封書に、先に封蝋を押したのですか」


「はい」


 父の声は硬い。


「愚かなことをしたと認めます」


 私は父を見た。


 愚か。


 その言葉は、父の口から聞いたことがなかった。彼はいつも、失敗を他人のせいにする人だった。王太子に捨てられた私を責め、家名を下げた私を責め、自分が判断を誤ったとは言わなかった。


 監査官が紙片の文面を読み上げた。


『人形ごと燃やせ。本人が出てきたなら、なおよい』


 その言葉が部屋に響いたとき、父の顔から血の気が引いた。


「私は、そのような命令を書いていない」


「しかし、あなたの封蝋が使用されています」


「認めます。印章管理の不備は、私の責任です」


 監査官は、次に私を呼んだ。


 証言台に立つと、父と目が合った。彼はすぐに逸らした。


「コレット・アーヴェル嬢。あなたは、火災後にこの紙片を発見したのですね」


「はい。リネット四九番が救助後に持ち帰った記録糸に絡まっていました」


「あなたは当初、父君が命じたと考えましたか」


 答えに迷った。


 正直に言えば、考えた。


 あの夜、燃え残った封蝋を見たとき、胸のどこかで、父なら家名のために私を切り捨てるかもしれないと思った。その疑いは、娘としては口にしたくない。けれど、証言台で都合よく整えることはできない。


「可能性として考えました」


 父の肩がわずかに落ちた。


「理由は」


「父は、王太子殿下との婚約を家の最重要事項としていました。私は婚約破棄によって家名を傷つけたと見なされていました。また、母の裁縫箱を王宮へ提出しようとしていました」


 監査官が父を見る。


 父は黙っていた。


「ただし」


 私は続けた。


「父が火をつけるよう命じた証拠はありません。白紙の封書を渡したことは重大な過失ですが、紙片の文面を書いた者は別にいると考えています」


 傍聴席のざわめきが少し変わった。


 娘が父を庇ったと思う者もいるだろう。


 違う。


 私は父を許したわけではない。ただ、証拠以上の罪を縫い付けたくなかっただけだ。私がされたことを、誰かに返したくはない。


 監査官はうなずいた。


「記録します」


 父は、私を見た。


 その目には、初めて見る感情があった。悔いか、困惑か、それとも、娘に公平さを示されて初めて自分の狭さに気づいたのか。


 審問の休憩中、父が私に近づいた。


 ノア様が少しだけ前に出たが、私は首を振った。大丈夫、と。


「コレット」


「お父様」


「お前は、私を告発しきることもできた」


「証拠がありません」


「それだけか」


 私は少し考えた。


「私が父を嫌うことと、父がしていない罪を着せることは別です」


 父は、痛みを受けたような顔をした。


 たぶん、嫌うという言葉の方が、罪より効いたのだ。


「私は、家のためだと思っていた」


「はい」


「お前に厳しくしたのも、王太子妃として恥じぬように」


「はい」


「だが、お前は王太子妃にならなかった」


「なりませんでした」


「では、私は何を育てたのだろうな」


 その言葉には、珍しく弱さがあった。


 私は父を見た。


「職人です」


 父は目を瞬かせた。


「お母様の裁縫箱を守り、リネットを作り、人を助ける職人です。お父様が望んだ形ではありませんが、私は育ちました」


 父は長く黙った。


「そうか」


 それだけだった。


 謝罪ではない。


 和解でもない。


 けれど、父の背中は以前より小さく見えた。


 休憩が終わり、次の証人が呼ばれる。


 礼典副長クレマン。


 しかし、審問室の扉は開かなかった。


 係官が青ざめた顔で入ってきた。


「クレマン卿が、控室から姿を消しました」


 部屋の空気が凍る。


 王都の糸の端が、逃げ始めた。

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