第20話 欠席令嬢、出席する
王都に入った瞬間、空気が変わった。
街そのものは以前と同じだ。高い石壁、舗装された大通り、宝石店の明るい窓、貴族の馬車が並ぶ中央広場。けれど、私を見る人々の視線が違っていた。
以前は、王太子の婚約者として見られていた。
今は、欠席令嬢として見られている。
噂は予想以上に広がっていた。露店の横で子どもが「ほんにんふざい!」と叫び、母親に口を塞がれる。新聞売りは『救助人形、王都帰還』と刷られた号外を掲げている。私の顔を知っている貴族は少ないはずなのに、リネットを見ればすぐ分かるらしい。
「リネットの方が有名ですね」
私が言うと、リネットは首を傾けた。
「広報効果、不明」
「本人より人形が有名なのは、少し複雑です」
ニナが小声で言った。
「でも、人形だけ有名なら、お嬢様は少し動きやすいのでは」
「なるほど。本人不在の利点ね」
ノア様が向かいで書類を閉じた。
「その利点は、王宮内では通用しないでしょう。今日は、あなたを見たい人が多い」
「見世物ですね」
「証人です」
言い直された言葉に、私は背筋を伸ばした。
監査院の審問は、王宮の東棟で行われる。
建国祭の夜会があった大広間とは別だが、同じ敷地内だ。馬車が王宮の門をくぐったとき、胸の奥が硬くなった。あの夜の灯り、殿下の声、ミナ様の震え、火事の煙。全部が一瞬で戻ってくる。
私は袖の内側に縫い込まれた停止糸を触った。
ニナが本当に付けたものだ。引けば、袖口の銀糸が少し締まる。人間が止まる仕組みとしては役に立たないが、気持ちを止める合図にはなる。
審問室の前には、すでに多くの人がいた。
礼典課、監査院、王太子府、神殿、貴族院。私の父、アーヴェル伯爵もいる。継母はいない。父は私を見たが、すぐに視線を逸らした。
王太子レオンス殿下もいた。
以前より少し痩せたように見える。けれど、表情の硬さは変わっていない。彼の隣には、礼典副長クレマンの姿はなかった。出席を求められているはずだが、まだ来ていない。
殿下が私に近づいた。
「コレット」
「殿下」
「ずいぶん堂々と戻ってきたな」
「出席を求められましたので」
「君は、あの夜から何も変わらない」
その言葉に、私は少しだけ首を傾げた。
「そうでしょうか」
「その冷静さだ。人を追い詰めるような手順、書類、証拠。君はいつも、そればかりだ」
以前なら、その言葉に傷ついたかもしれない。
今は、少し違った。
「殿下。私は変わりました」
「何が」
「以前は、手順も書類も、殿下を支えるために使っていました。今は、人を助けるためと、自分を守るために使っています」
殿下の顔がこわばった。
「私を支えていたとでも言うのか」
「はい」
短く答えると、殿下は言葉を失った。
そこへ、ミナ様が来た。
神殿の白い衣ではなく、薄い灰色の外套を着ている。聖女の装飾が少ない。顔色は悪いが、目はまっすぐだった。
「コレット様」
「ミナ様」
殿下が彼女を見た。
「ミナ、君はなぜルブラン卿側の席に」
「私は今日、神殿の聖女としてではなく、証人として出席します」
「何を言っている」
「殿下。私、もう嘘の証言はいたしません」
審問室前の空気が凍った。
レオンス殿下の目が揺れた。怒りより先に、裏切られたという感情が見えた。彼にとって、ミナ様は自分の正しさを証明する存在だったのだろう。その彼女が証人として立つことを、受け入れられないのだ。
ノア様が私の横に立った。
「そろそろ時間です」
監査院の扉が開いた。
中は、高い天井の部屋だった。中央に証言台、奥に監査官席、左右に関係者席。傍聴席には、限られた貴族と記者が入っている。
私はリネットを連れて入った。
ざわめきが起こる。
王宮の床を、灰色の作業服を着た焦げ跡のある人形が歩く。夜会の青いドレスではない。華やかな代理挨拶用人形ではなく、坑道の泥を知る救助具としての姿だ。
あの夜とは違う。
私は誰かに断罪されるために立っているのではない。
自分の針で見つけた事実を、出すために来た。
監査院長が木槌を鳴らした。
「これより、建国祭夜会における王宮火災、代理挨拶用人形四九番に関する不正、ならびに白糸工房の不正加工疑惑について、合同審問を開始する」
私は袖の停止糸から手を離した。
止まる必要はない。
今日は、進む日だ。




