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婚約破棄の会場に、私だけ欠席していました~王子が断罪した“悪役令嬢”は、私が縫った身代わり人形です~  作者: 小竹X


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第19話 王都へ戻る招待状

 正式な招待状は、召喚状よりもずっと丁寧だった。


 上質な羊皮紙、整った筆跡、王国監査院の封蝋。文面には、ルブラン領での仮審問を受け、王宮火災、白糸工房、王太子府礼典副長クレマンの関与について再調査を行うため、関係者の出席を求める、とあった。


 招待状。


 実際には、出頭要請だ。


 けれど、言葉が変わるだけで状況は変わる。王太子個人の命令ではなく、監査院の手続きになった。私を連れ戻すための紙ではなく、証言を聞くための紙だ。


 私は工房の作業台で、その書面を三度読んだ。


 ニナが隣で荷造りをしている。糸鼠五体、赤い鳥三体、リネットの予備関節、停止糸、記録糸保護箱。王都へ行くには、令嬢の旅支度というより小さな工房の引っ越しだった。


「お嬢様、ドレスは何着お持ちになりますか」


「作業服二着で」


「それはドレスではありません」


「では、灰色のドレス一着」


「王都の審問ですよ?」


「だから灰色で十分です」


 ニナは不満そうに唇を尖らせた。


「勝負服が必要です」


「針が刺せる袖なら、どれも勝負服です」


「そういうことではありません」


 結局、マルタ隊長が乱入してきた。


「嬢ちゃん、王都の連中は見た目で油断する。灰色で行くなら、上等な灰色にしな。貧しく見えるのと、地味に強そうに見えるのは違う」


 それは一理あった。


 ニナが大きくうなずく。


「では、深灰のドレスに銀糸の縁取りを入れます。停止糸も隠せます」


「ドレスに停止糸を?」


「何かあったら袖を引いてください。私が止まります」


 ニナは真剣だった。


 私は笑ってしまった。


「人間用の停止糸は、考えたことがなかったわ」


「お嬢様は、たまに止まらないので」


 マルタ隊長が大きく笑った。


 王都へ向かう前夜、ノア様が工房へ来た。


 彼は厚い革表紙の書類束を持っていた。ベルトラン商会の納品記録、白糸工房の出荷記録、ルブラン領での事故調査報告、ミナ様の証言書。どれも写しを複数作ってある。


「明日、王都へ入れば、こちらの動きは制限されます」


「はい」


「アーヴェル伯爵家から接触があるでしょう」


「父は、私に会いたくないのでは」


「会いたくなくても、あなたを黙らせる必要はあります」


 その言葉は冷たいが、現実だった。


 私は母の裁縫箱に手を置いた。


「お父様が火事に直接関わったとは、まだ思いたくありません」


「思いたくないことと、調べないことは別です」


「分かっています」


 ノア様は少しだけ表情を緩めた。


「分かっている人に、何度も言いすぎました」


「言ってください。分かっていても、心が追いつかないことがあります」


 工房の窓の外では、雪が止んでいた。月明かりが、鉱山へ続く道を薄く照らしている。


「ノア様は、王都がお嫌いですか」


「苦手です」


「意外です。何でも平然としていらっしゃるので」


「平然として見えるだけです。王都では、人が遠回しに話しすぎる。北西の冬なら、用件を言う前に凍死します」


「私は遠回しに話していましたか」


「あなたは、必要なときには遠回しです。ただ、針を持つと結論が早い」


 評価としては不思議だったが、悪い気はしなかった。


 ノア様は、書類束を作業台に置いた。


「コレット嬢」


「はい」


「王都では、私の保護を使ってください。あなたが一人で立てることは知っています。それでも、使える支えは使ってください」


 その言葉に、胸の奥が温かくなった。


 王宮での私は、支えを使うことを弱さだと思っていた。王太子妃になる者は、常に完璧であるべきだと教えられてきた。泣かず、怒らず、揺れず、誰にも迷惑をかけずに立つ。


 けれど、救助現場では違った。


 支柱なしの坑道は崩れる。


 縄なしの救助は危険だ。


 人は、一人で立つより、適切に支えられて立つ方が長く動ける。


「使います」


 私は答えた。


「ただし、私の証言は私がします」


「もちろん」


 ノア様は少し笑った。


「あなたの声を奪うつもりはありません」


 それが、どれほど大事な言葉か、たぶん彼は分かっていない。


 翌朝、王都へ向かう馬車が出た。


 リネットは窓際に座り、テオ鼠たちは箱の中で揺れている。ニナは深灰のドレスの裾を最後まで直し、マルタ隊長は見送りに来て、私の肩を叩いた。


「王都で滑るなよ」


「靴は替えました」


「そういう意味じゃない」


「分かっています」


 マルタ隊長はにやりと笑った。


「ならよし。転んだら、起き上がる前に周りを見な。敵が近いときは、寝たふりも手だ」


 救助隊長らしい助言だった。


 馬車が動き出す。


 グラン・エリオの煙突が遠ざかる。王都へ戻る道は、婚約破棄の夜に出てきた道とは違って見えた。


 あの夜、私は逃げるように王宮を離れた。


 今度は、証拠と仕事を持って戻る。


 欠席令嬢という呼び名をつけられた私が、初めて自分の意志で出席するために。

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