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婚約破棄の会場に、私だけ欠席していました~王子が断罪した“悪役令嬢”は、私が縫った身代わり人形です~  作者: 小竹X


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第18話 記録糸の裁判

 ルブラン領で開かれた仮審問は、正式な法廷ではなかった。


 しかし、領主館の大広間に並んだ顔ぶれを見れば、事実上の裁判に近かった。ノア様、鉱山監督官、商人組合長、神殿地方司祭、医療所長、そして王都から派遣された監察官二名。


 議題は三つ。


 第五鉱区崩落事故の原因。


 偽物の人形による傷害事件。


 王宮火災に関わるリネット四九番の記録糸の扱い。


 私は証言台の横に立っていた。


 リネットは、私の隣で椅子に座っている。人形に椅子を用意すべきかどうかで朝から係が迷っていたが、マルタ隊長が「立たせっぱなしだと修理した膝に悪い」と言い、結局椅子が置かれた。


 王都の監察官の一人、痩せた男が書類をめくった。


「人形の記録糸とやらは、証拠能力が不明です。作成者であるコレット嬢が、あとから内容を改変できるのではありませんか」


 予想された質問だった。


「できます」


 広間がざわめく。


 監察官は勝ち誇ったように眉を上げた。


「認めましたね」


「はい。記録糸は絶対ではありません。だから単独の証拠にはできません。ですが、改変の跡も残ります」


 私はリネットの背中から、焦げた記録糸の一部を取り出した。


「記録糸は、音や振動を拾った順に結び目を作ります。あとから別の内容を縫い込むと、結び目の向きが変わります。布の織り目を逆に直すのと同じです」


 鉱山監督官が身を乗り出した。


「鉱石の層の乱れを見るようなものか」


「近いと思います」


「なら、外部の職人にも確認できるな」


「糸の扱いが分かる職人なら」


 商人組合長がうなずいた。


「織物職人を二名呼んでいます。白糸工房以外の者です」


 監察官の顔が少し曇った。


 私は記録糸を、透明な板の上に固定した。焦げた部分、結び目、震えの強い箇所を示す。リネットが拾った声を、そのまま再生する。


「……四九番が……喋った……予定外……記録糸を……燃やせ……」


 広間が静かになる。


 続いて、もう一つ。


「……本人が出るなら……伯爵家も……処理が楽に……」


 王都の監察官が口を開いた。


「声の主は不明です」


「はい。声だけでは断定できません」


 私は、次の証拠を出した。


 王宮火災現場から回収された魔導灯の留め具の写し。


 工具痕。


 礼典副長クレマンが管理していた西回廊の通行記録。


 ミナ様の証言書。


 そして、リネットを燃やせと書かれた紙片。


 父の封蝋は、まだ正式には扱わない。父が直接命じたのか、白紙封書を悪用されたのか、証明できていないからだ。けれど、紙片の存在は隠さなかった。


「これらを合わせると、王宮火災が偶然ではなく、リネット四九番の記録糸を消す目的を持っていた可能性があります」


 ノア様が静かに言った。


 地方司祭が、小さく祈りの印を切った。


 次に、白縛りの布が示された。


 崩落梁材に挟まっていたもの。


 偽物の人形に詰められていたもの。


 どちらにも、同じ白糸工房の微細な印がある。


 白糸工房の代表は、出席していなかった。王都から「体調不良」の返書が届いただけだ。


 マルタ隊長が低く笑った。


「便利な体調だ」


 監察官が咳払いした。


「しかし、白糸工房は神殿御用達です。軽々しく疑うことは」


「軽々しくはありません」


 私は言った。


「五人が坑道に閉じ込められ、子どもが怪我をしました。軽い話ではありません」


 監察官は黙った。


 審問の終わり、ミナ様が証言台に立った。


 彼女は王都での証言が神殿と王太子府の指示であったこと、クレマンが人形の回収を口にしていたこと、白糸工房に地下作業場があることを話した。


 声は震えていた。


 それでも、最後まで立っていた。


 地方司祭は青ざめた顔で聞いていた。彼がどこまで知っていたのかは分からない。少なくとも、全てを知っていた顔ではない。


 仮審問の結論は、慎重なものだった。


 崩落事故は、納品された梁材に重大な不正加工があった可能性が高い。


 偽物の人形は、白糸工房系の布を使用している。


 王宮火災については、王都で正式な再調査を求める。


 リネット四九番は、証拠品として保全する。ただし、所有者であるコレット・アーヴェルとルブラン辺境伯家の立ち会いなしに解体してはならない。


 最後の一文を聞いたとき、私はようやく息を吐いた。


 リネットが勝手に持ち去られる危険は、少し下がった。


 審問のあと、ノア様が私に言った。


「よく耐えました」


「耐えるのは得意でしたから」


 言ってから、少しだけ苦くなった。


 王宮でも、家でも、私はずっと耐えることを褒められてきた。けれど今日の耐えるは、昔とは違う。黙って飲み込むためではなく、証拠を最後まで出すために立っていた。


 ノア様は、私の言葉を急いで慰めなかった。


「では、今後は耐えなくて済む場所を増やしましょう」


 その返しが静かで、胸に残った。


 私はリネットの手を取った。


 人形は平らな声で言った。


「審問、終了。任務、継続」


「そうね」


 王都へ戻る日は近い。


 今度は、欠席しない。


 私自身が、証言台に立つ。

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