第17話 実演会の午前
市場の偽物事件のあと、ルブラン領では人形への不安が広がった。
無理もない。坑道で人を助けた道具と同じ姿のものが、子どもを傷つけたのだ。理屈では別物と分かっても、目で見た恐怖はすぐには消えない。
だから、実演会を開くことにした。
場所は鉱山管理所の広場。見物は自由。子どもも来てよい。ただし、作業場の線から先には入らない。救助隊、警備隊、医療所、商人組合が立ち会い、記録係がすべてを書き残す。
ノア様は、最初は反対した。
「あなたへの攻撃が続いています。公開の場は危険です」
「隠しても危険です」
「人前で失敗すれば、信用は落ちます」
「人前で失敗しなかった道具だけが、現場で使えます」
ノア様はしばらく私を見ていた。
「あなたは、怖くないのですか」
「怖いです」
「それでも」
「怖い人たちに、怖くないと言っても信用されません。私は怖さを減らす方法を見せたいです」
ノア様は、その言葉で同意した。
実演会の朝、広場には予想以上の人が集まった。
鉱夫、商人、子どもたち、医療所の看護師、宿屋の女将、鍛冶職人。王都からの新聞記者らしい男もいる。ミナ様も、神殿の侍女を連れて端に立っていた。
怪我をした菓子屋の子どもも、母親に抱かれて来ていた。赤い羽根の布片を握っている。
私は作業台の前に立った。
リネットは灰色の作業服。テオ鼠は三体。新しく作った赤い鳥は、羽根を少し丈夫にした。偽物の人形は、分解した状態で隣に並べている。
「本日は、救助用人形と偽物の違いを見ていただきます」
声は少し震えた。
けれど、逃げるほどではない。
「まず、リネット四九番には、三つの基本命令があります。助けるために近づく。危険な動きがあれば止まる。人を傷つける力が加わったら手を離す」
私はリネットに布包みを持たせた。
訓練用の人形が、倒れた子ども役として置かれている。リネットはそこへ近づき、膝をつき、布包みを差し出す。
「次に、接触解除」
私は赤糸を引いた。
リネットはすぐに両手を開き、一歩下がった。
「手を握っている最中でも止まります。もちろん、現場ではこれだけでは足りません。だから人間の救助隊が必ず見ています。人形は隊員の代わりではなく、隊員が届かない最初の場所へ行く道具です」
マルタ隊長が続けた。
「人形が勝手に全部助けるわけじゃない。こいつらが水を届け、道を見て、手を握る。その後は人間の仕事だ」
次に、偽物の内部を見せた。
白縛りの布。
粗い赤糸。
緊急停止糸の欠如。
記録係が板に大きく書き、見物人へ見せる。
子どもたちがざわめいた。
「偽物は止まらないの?」
「止まる糸がないからです」
私は答えた。
「止まる糸をつけない道具は、危ないです。だから、これから作る救助具には、外から見える場所に停止糸を付けます」
私はリネットの袖の赤糸を見せた。
菓子屋の子どもが、母親の腕の中で少し身を乗り出した。
「赤いの、ひっぱると止まる?」
「そうです」
「ぼくでも?」
「届けば、あなたでも」
子どもは少し考えた。
「じゃあ、こわいけど、ちょっとだけまし」
その言葉に、周囲の大人たちが静かになった。
怖いけど、ちょっとだけまし。
それが今日の目的だったのかもしれない。
完全な安心などない。坑道も火事も人形も、危険を消すことはできない。けれど、怖さを言葉にし、止める方法を見せ、誰が責任を持つかを明らかにすれば、人は少し前に進める。
実演会の終わりに、ミナ様が前へ出た。
予定にはなかった動きだった。神殿の侍女が止めようとしたが、ミナ様は振り切った。
「私は、王宮でコレット様が聖女に嫌がらせをしたと証言しました」
広場が静まり返った。
私も驚いた。
ノア様が一歩動きかけ、しかし止まった。
ミナ様は顔を上げた。
「その証言は、正確ではありませんでした。少なくとも、私は自分の目でコレット様の罪を見ていません。私は、神殿と王太子府から渡された言葉を、自分の言葉のように話しました」
神殿の侍女が青ざめる。
「ミナ様、おやめください」
「いいえ」
ミナ様の声は震えていたが、止まらなかった。
「私は聖女と呼ばれています。けれど、聖女の言葉だから正しいとは限りません。今日、コレット様は人形の中身を見せました。私も、自分の言葉の中身を見せるべきだと思いました」
広場の人々は、誰もすぐには拍手しなかった。
これは喝采を受ける告白ではない。
それでも、誰かが小さくうなずいた。
ミナ様は私に向かって頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
私は、その謝罪をすぐには受け取れなかった。
けれど、公の場でそれを言うことの重さは分かった。
「証言として記録します」
私が言うと、ミナ様は小さく笑った。
「あなたらしいお返事です」
「許したわけではありません」
「はい」
「でも、逃げなかったことは記録します」
ミナ様の目に、涙が浮かんだ。
実演会は、予定より大きなものになった。
その夜、王都の新聞記者が書いた記事の見出しは、翌々日には各地へ流れた。
『欠席令嬢、救助人形の中身を公開』
『聖女、王宮証言の不正確さを認める』
『止まる糸を持つ人形と、止まらない偽物』
王都の誰かが、きっと歯ぎしりしている。
私はそう思いながら、作業台の上に赤い停止糸を並べた。




