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婚約破棄の会場に、私だけ欠席していました~王子が断罪した“悪役令嬢”は、私が縫った身代わり人形です~  作者: 小竹X


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第14話 安い梁材の刻印

 救助の翌日、街は眠そうだった。


 鉱山は一部の作業を止め、救助隊は交代で休み、生還した五人の家族は医療所へ何度も足を運んだ。試作室にも、温かいスープや焼き菓子が届けられた。


 私が作った赤い鳥の話は、すでに街中に広がっているらしい。


 ニナは市場で知らないおばあさんに「鳥の嬢ちゃん」と呼ばれ、顔を真っ赤にして戻ってきた。


「お嬢様が作ったのに」


「最後に嘴を縫ったのはニナよ」


「それだけです」


「嘴がない鳥は、鳥として少し不安です」


 そう言うと、ニナは笑った。


 穏やかな午前だった。


 しかし、午後には事故調査が始まった。


 崩落した東支道から運び出された折れた梁材が、管理所の前に並べられている。ノア様、鉱山技師、マルタ隊長、そして私が立ち会った。


 私は技師ではない。けれど、布や糸も木材も、使われ方を見れば癖が分かる。折れたものは、壊れた理由を持っている。


「梁の太さが、記録より細い」


 鉱山技師が言った。


「納品書では北松の二年乾燥材。だが、これは一年も乾いていない。中がまだ湿っている」


 マルタ隊長が舌打ちした。


「だから折れたのか」


「直接の原因は小さな岩盤のずれです。ただ、正規材なら耐えた可能性が高い」


 ノア様の表情は変わらない。


 変わらないからこそ、怒っているのが分かった。


「仕入先は」


「王都のベルトラン商会です。昨年から王太子府の推薦で入った業者です」


 王太子府。


 その言葉で、私の背筋が冷えた。


 事故は、王都からの召喚状と同じ週に起きている。偶然かもしれない。けれど、安い梁材が救助隊の命を危険に晒したのは事実だ。


 私は折れた梁材の端に触れた。


 木の表面に、小さな焼き印がある。半分削れているが、糸巻きのような紋様が見えた。


「これは商会印ですか」


 技師が覗き込む。


「ベルトラン商会の印とは違いますね。下請けの加工場かもしれません」


 私は紙に印を写した。


 糸巻き。


 白い糸を巻いたような意匠。


 王都の衣装室で、似た印を見たことがある。ミナ様の夜会用ドレスに付いていた梱包札だ。たしか、神殿御用達の白糸工房。


「ノア様」


「知っている印ですか」


「断定はできません。ただ、王宮で似たものを見ました。聖女ミナ様の衣装箱に」


 マルタ隊長の顔が険しくなる。


「聖女様が梁を売ったって?」


「違います。神殿周辺の業者が、鉱山資材にも関わっている可能性があります」


 ノア様は記録係に命じ、焼き印の写しを取らせた。


「ベルトラン商会の契約書、納品書、下請け名簿を確認します」


「王都に問い合わせますか」


「問い合わせると、先に消されるでしょう」


 静かな声だった。


 私は燃え残った紙片を思い出した。


 人形ごと燃やせ。


 記録糸を燃やせ。


 都合の悪いものは、火か紙で消す。王都の誰かは、そういう手段に慣れている。


 リネットが、折れた梁材の前で立ち止まった。


「記録糸、採取可能」


「木にも?」


 私は驚いて聞いた。


「布片、付着。振動残存」


 梁の割れ目に、小さな布片が挟まっていた。支道で働いていた誰かの袖かと思ったが、色が違う。白い布。端に細い銀糸が混じっている。


 私はピンセットで布片を取り出した。


 触れた瞬間、嫌な感触がした。


 布が、命令を持っている。


 私の《縫い留め》ほどはっきりしたものではない。もっと粗く、乱暴で、布そのものに命令というより願いを押しつけたような感触。


「これは……ただの梱包布ではありません」


 ノア様が近づいた。


「何が入っていますか」


「『湿れ』に近い命令です」


 マルタ隊長が顔をしかめた。


「木を湿らせる布?」


「はい。梁材に巻いて保管すれば、乾燥を遅らせる。見た目は普通でも、中が弱くなります」


 その場にいた全員が黙った。


 安い材料を納めた怠慢ではない。


 梁を弱くする意図があった。


 ノア様の声が冷たくなった。


「事故ではなく、仕込みか」


「少なくとも、誰かが梁を弱くしました」


 私の手の中の白い布片は、小さかった。


 けれど、その小ささが怖かった。大きな刃や毒なら、人は警戒する。けれど、布片一枚なら見逃す。美しい梱包、清潔な白、神殿御用達の印。そういうものに包まれた悪意は、王宮の大広間よりずっと深く潜る。


 マルタ隊長が低く言った。


「五人が死にかけた」


「はい」


「うちの救助隊も死にかけた」


「はい」


「嬢ちゃん、これを暴けるか」


 私は白い布片を小瓶に入れた。


「暴くには、証拠が要ります。布の出所、納品経路、命令を入れた人、そして目的」


「難しいな」


「難しいです」


 私は小瓶の蓋を閉めた。


「でも、これは布です。布の嘘なら、私の仕事です」


 ノア様が、わずかにうなずいた。


 その日の夕方、王都へ向かう使者が二人出た。


 一人は正式な照会状を持ち、表の道を行く。


 もう一人は、焼き印の写しと布片の情報を持ち、商人の荷馬車に紛れて行く。


 私は試作室に戻り、リネットの焦げた手に新しい布を巻いた。


 救助の仕事と、陰謀の調査。


 二つは別のものだと思っていた。


 けれど今は、同じ糸でつながっている。


 誰かが人を危険な場所に落とすなら、私はそこへ手を伸ばすだけでは足りない。


 落とした手も、見つけなければならない。

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