第10話 王都から届いた召喚状
旧第三坑道の試験から二日後、王都から召喚状が届いた。
封筒は厚く、王家の紋章が金で押されている。届けた使者は、領主館の玄関で胸を張っていた。王都ではそれで威厳が出るのだろうが、背後の鉱夫たちが煤だらけの服で昼食のパンをかじっているせいで、少しだけ浮いて見えた。
「王太子殿下のご命令です。コレット・アーヴェル嬢ならびに代理人形四九番を、王都へ出頭させよとのこと」
使者は私を見て、わずかに顎を上げた。
「人形は王宮火災の重要証拠です。速やかに引き渡していただきたい」
リネットは私の隣で、灰色の作業服を着て立っていた。
焦げ跡の残る顔で、使者を見上げている。
「重要証拠と判断される根拠を提示してください」
私が言うと、使者は眉をひそめた。
「王太子殿下のご命令です」
「根拠ではありません」
「殿下の命令が根拠です」
「証拠品を検分するなら、礼典課、魔導具管理官、公証人の立ち会いが必要です。登録番号四九番は正式登録済みの代理挨拶用人形であり、現在はルブラン辺境伯家との仮契約に基づく研究対象でもあります」
使者の顔に、面倒な女だという感情が浮かんだ。
慣れている。
王宮で私を見る人たちの多くが、同じ顔をした。
ノア様は召喚状を読み終えると、静かに机へ置いた。
「命令の宛先が間違っています」
「何ですと」
「コレット嬢は現在、ルブラン家の臨時技師です。領内の業務中にある技師を王都へ呼ぶなら、王太子府ではなく、王国救助監督局または領主会議を通してください。少なくとも、私宛ての正式照会が必要です」
「しかし、殿下が」
「殿下が急いでいることは理解しました。手順を整えてください」
使者は赤くなった。
怒りというより、持ってきた権威がそのまま通じないことへの戸惑いだ。
王都の命令は、王都の空気の中で最も強い。けれど、北西の鉱山街では、坑道の安全確認より強い命令はない。
マルタ隊長が、昼食のパンを片手に言った。
「人形を持っていきたいなら、代わりの救助具を置いていきな。昨日、旧坑道で使える見込みが出たばかりなんだ」
「これは国家の問題です」
「坑道で潰れる人間も国家の民だよ」
使者は言葉に詰まった。
私は召喚状の写しを取った。母の裁縫箱に入っていた薄紙を使い、内容を正確に写す。前世でも今世でも、書類は残す。これはもう、性格というより生存技術だ。
「王都へは、正式な検分日程をこちらから提案します」
「あなたに提案する権利があると?」
「私には、自分の仕事道具を守る義務があります」
リネットが口を開いた。
「四九番、現在、救助用改修中。無断搬送は、関節糸損傷のおそれあり」
使者が一歩下がった。
「人形が……」
「喋ります。登録時にも喋りました」
「聞いていない」
「殿下も聞いていなかったようです」
マルタ隊長が咳き込んだ。笑いをこらえたのだと思う。
使者は、不満を残したまま帰った。
その背中が見えなくなると、私は息を吐いた。強く言い返すのは、やはり疲れる。王宮を離れても、王宮の影は簡単には消えない。
ノア様が召喚状の写しを手に取った。
「焦っていますね」
「殿下がですか」
「殿下だけではありません。この文面は、証拠保全ではなく証拠除去の書き方です」
私はうなずいた。
リネットを引き渡せば、記録糸は取り出されるだろう。壊されたと言われるか、火災で損傷していたと言われるか。どちらにせよ、西回廊で拾った声は消える。
「王都へ戻る必要はあります」
私は言った。
「でも、今ではありません。こちらで証拠を整理し、リネットを修理し、救助用としての価値を形にしてからです」
「同意します」
ノア様は少し間を置いた。
「それまでに、あなた自身の立場も整えましょう」
「立場?」
「アーヴェル家の娘として王都に戻れば、父君に身柄を押さえられる可能性があります。王太子の元婚約者として戻れば、殿下の感情に巻き込まれる。臨時技師としてなら、職務上の保護が使えます」
「肩書きは大事ですね」
「肩書きは、寒い日の外套に似ています。万能ではありませんが、ないと凍えます」
ノア様らしい例えだった。
その日の午後、工房の入口に小さな木札が掛けられた。
『ルブラン救助具試作室』
その下に、マルタ隊長が炭で書き足した。
『人形に用がある者は、まず靴の泥を落とせ』
私は笑ってしまった。
王都からの召喚状は、作業台の端に置いた。重い紙だ。けれど、その横には、テオ鼠、修理中のリネット、湿気対策の糸、坑道の地図がある。
紙一枚で引き戻されるには、ここにはもう仕事が多すぎた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。コレットが王都から離れ、救助具師として動き出す区切りです。続きでは、実際の坑道事故と王都側の妨害が重なっていきます。




