第5話
その瞬間——
思考が止まった。
何がなんだかわからなくなった。
ここがどこなのかもわからない。
言葉がでない。
え? なぜ?
疑問符だけが頭の中を埋め尽くしていく。
「おい、海斗! 何しとんねん!」罵声が響いた。
「剣士こそ••••••なんで、ここにいるん?」
黒髪を短く刈り上げた剣士は、切れ上がった目つきを光らせると、長身を屈めて海斗の真正面に腰を据えた。その視線は、まるで獲物を射抜く刃のようだった。
「質問を質問で返すなや。先手は俺やろ。解答権はおまえにあんねん」
俯き加減の海斗は「捕まって、もうた••••••」とボソボソ言った。
「パクられたことぐらい一目瞭然やろ。そんなこと訊いてんちゃうねん。事件のこと話せや」
「まぁ、その••••••純矢くんにな、用事頼まれたから、引き受けてん——」
海斗は、青山にさらけ出した一連のストーリーを再び、剣士にも披露した。辿々しく言葉にする海斗を、しかめっ面に頬杖を突きながら、黙然と聞いている剣士。
「——気ぃついたら留置場におったわ」
剣士は聞こえよがしに、チッと大きな舌打ちを放った。
「ほんまに。アホとしか言いようないわ」
「どうせ海斗のことやし、犯罪やと思わんかった、とかぬるいことぬかすんちゃうやろな」
「うん••••••ようわかったやん」微笑を浮かべた。
「呑気なこと言うてる場合ちゃうで。言うとくけどな、海斗。おまえも悪いぞ。ニュース、見てないんか?」
「ニュース? そんなに••••••」
「出し子、受け子——聞いたことないか?」
「••••••闇バイトがどうのこうの?」
「そうや。その類いになるんやけど、特殊詐欺ってやつや」
「聞いたことはあるよ」
「まさしくそれや」海斗に指を差す剣士。
「海斗がやらかしたんはな——」
剣士はわざとらしく間を置いた。
「特殊詐欺の片棒担いだってこと」
まるでマジックの種明かしでもされているかのように、着々と露わになる全貌。気付かぬうちに泥沼に足が浸かっていた。
「嫌な予感しとったんや。朝井純矢がな、南署に引っ張ってこられた時、もしかして海斗も一枚噛んでんのちゃうんかって。ほんなら案の定やんけ」
剣士は、チッと二度目の大きな舌打ちを放った。
「俺、散々海斗に言ったよな?」
海斗は沈黙のまま視線だけをを向けた。
「あんなチンピラとつるんどったら、しまいに手後ろに回るでって」
「••••••もう••••••やってしまったことやし。過去には戻られへん••••••」
「そうは言うても、この代償は高くつくぞ。覚悟せなあかんで」
わかってる、と言わんばかりに、投げやりに首を折る海斗。
「朝井純矢はおわりや。当分、シャバの空気吸われへんようなる。長い務めが待ってるからな。ま、自業自得やろ」
知らぬ間に詐欺の加害者になっていた——。
その現実に、未だ理解が追いつかず、何故か他人事のように捉えている自分がいる。その上、海斗自身も騙されていたがゆえに、被害者に対して申し訳なさはありつつも、罪の意識は乏しかった。
「で、剣士はなんでここにおるん?」
海斗は、当初抱いた疑問をそのまま投げた。
「言うまでもないやろ。見ての通りやんけ」
「刑事? 交番のお巡りさんやと思てたわ」
「交番勤務は卒業したんや。せやけど、まだまだ新米には変わりない」
「南署の刑事いうんは初耳やったな。立花刑事の部下?」
「ちゃうちゃう」手を横に振る剣士。
「同じ刑事課ではあるんやけど係が別やねん。俺んとこは暴力犯係。主に暴力団絡みの事件を扱う部署や」
立花刑事の部署は詐欺や横領などの事件を扱う知能犯係だと、さらに付け加えた。
「じゃあ、俺の事件には、剣士は接点ないってことか」
「そうや。わざわざ立花班長に頼み込んで内密にこさしてもうてんねん。ここでは迷惑かけんなよ」
「わかってるよ。俺も立花刑事にはお世話になってる」
海斗は深く深呼吸をした。そして呟いた。
「まさか、こんなとこで会うってなぁ••••••」
ふんと鼻を鳴らす剣士。
「せやけど海斗、腹くくって頑張れ。やるしかないねんから。もう二度と同じこと繰り返さんように反省しとけよ」
海斗の肩を軽く叩いた。
「この仕事してる以上、俺は海斗にはなんもしてやられへんから••••••」
言葉を言い置いた剣士は、視線を落とした。
その顔には、陰りが差していた——。




