第十三話
真剣な話が始まる、というのが阿吽の呼吸でわかるのか、二人は向かい合って静かに見つめあう。この世界の常識について尋ねるのだ。当然アリスからの信用もぐらつくだろう。積み上げてきた信頼は、いとも簡単に崩れるとは良く聞く話だ。今まで積み上げてきた信頼が、関係が壊れるかと思うと決心が揺らぐ。それほど今の関係は心地がいいのだ。だが、いつまでもこのまま…という訳にはいかない。自分を鼓舞する為にグッと拳を握り、軽く息を吐いて、問いかけた。
「アリス、真面目な話になるんだけど、この世界の事、魔法の事、そしてアリスの事。いろいろ教えてくれないか?」
聞きたい事を並べ立てた。アリスはというと、こちらの話を聞き終わった時から、目をつぶって考え込んでいる様だ。一度にたくさん質問したのが、彼女を困らせているのは明白だった。
「…レン、質問に質問を返すようで申し訳ないんだけど、先に私から一つだけ、いい?」
「あぁ、なんでも質問してくれ。」
アリスは話の腰を折ってゴメンね。でも、前提があった方がこの話は説明しやすいと思うの。という前置きをして、俺に質問してきた。
「レン、あなた何処の国の人なの?」
アリスは真剣な眼差しで、端的かつ大事な質問をしたきた。今まで言葉が通じなくて、あやふやになっていた部分である。言葉が分かる様になれば、お互いの事が気になるのは当然だろう。さて、どう話そうか…と少し考える。アリスの青く澄んだ瞳がこちらが話出すのをジッと待っている。こちらの話を聞き逃しまいという、今までにない真剣な眼差しだ。
まだ嘘やごまかしをした訳ではないが、いやするつもりもないのだが、普段のアリスからは感じないプレッシャーを感じ、思わずゴクっと喉を鳴らす。
「……実は―――」
プレッシャーを跳ねのける様に、日本という国にいた事。父の葬儀後、森に突然とばされていた事、そして、サバイバルをして、最後にアリスに助けられたという事を、懸命に話した。
「日本では、魔法というのは絵本の中のお話で、この世界で、魔法でやっている様な事を、科学でやっている。それが俺がいた世界なんだ。だから流通都市で初めて魔法を見た時驚いたんだ。」
なにをどう話そうかと思っていたが、思っていたよりスラスラと説明できてしまった。自分で思っていたよりも、この世界に一人でいる事。そして、アリスに秘密にしていた事に、伝えられなかった事に疲弊してしまっていたのかもしれない。話し終えて胸が軽くなったのを実感する。アリスは突然伝えられた事実を飲み込もうと、目を閉じながら眉間に皺を寄せている。
(荒唐無稽で怪しい…話だよな…)
すべて話したことで、胸は軽くなったが、関係が崩れないか、信頼は無くならないか。そう考えて不安の種が胸の内に宿る。全てはアリスの返答に委ねられているのだ。アリスが口を開くのを、ただ静かに、けれど少し手を震わせながら待つ。
「………そう。前の世界から、今まで大変だったのね…。」
それは蓮の予想していなかった返答だった。開口一番にこちらを労ってくるとは考えてもいなかった。罵倒まではいかなくとも、不信感を露わにした言葉が返ってくると思っていたのだ。彼女はやはり、人に寄り添える優しい人なのだろうと、涙が頬を流れ落ちた。
「あっゴメン、この涙は、その、なんだ。ゴメンちょっと待ってて」
一度流れ出た涙はちょっとでは止まらないらしい。父の介護、そして葬儀から今まで、誰にこの不安や苦労を優しく肯定されたのが初めてで、静かに頬を濡らす。
「ちょっと待ってて。温かい飲み物を持ってくるね」
気を利かせてくれたのだろう。アリスはいつもより少し長く外で、飲み物を準備してくれてい様だ。その見えない優しさが、視界を歪ませる。本当に助けてくれたのがアリスでよかったと、そう思う。
「レン、お待たせ。」
涙を拭い、アリスを見ると、優しく微笑んでいる。また、情けない姿を見せたと、少し恥ずかしくなる。若返った体につられて涙もろくなっているのかもしれない。
「はい、これハーブティーよ。流通都市で買ったの。リラックスできる効果があるの。」
そういってまだ湯気が立ち上るカップを渡してきた。渡されたそれは僅かに琥珀色で、立ち上る湯気はジャスミンティーの様な、少し甘く、清涼感を感じさせる香りだ。口の中を火傷しない様に、フーフーと無言で慎重に飲み進める。鼻腔を抜ける清涼感が心地良く、それでいてサッパリとした甘みを感じる。飲み込む度に、胸の内の感情を一緒に流してくれている様だった。カップの半分くらいを飲んだあたりだろうか、不安の種を整理しようと話しかける。
「アリス、美味しいよありがとう。それでさっきの話だけど…」
「信じるよ。一緒に過ごしてきて、レンがそんな事で嘘を付くとは思っていないし、それに北の国…セラフィル聖国ではそのような、他の世界から来た人の昔話もあるの」
アリスは被せて端的に事実を述べた。それだけで素性が昔話の様な人間を信じてもいいのだろうか。不安になっていたのは己だが、そう簡単に信じていては、少し心配だ。
「レン、これでも私、人を見る目は、養ってきたつもりなの。それに、私の勘とっても当たるの。」
なぜか嬉しそうに大丈夫よ、と言ってくる。ジェイスといい、勘に頼ってるやつが多いな…。あ、そんな事を考える余裕が出てきている。ハーブティーの効果だろうか、自然とリラックスできている様に感じる。それにアリスの柔らかい雰囲気も後押ししているのだろう。
「前提はできたら、早速本題に入りましょうか!レン、何から聞きたい?」
そういってウキウキと話しかけてきた。どうやら先輩風を吹かすつもりらしい。フンスッ!と少し胸を張りながら、張り切っている。ふと手元のカップを見る。温かいそれは、まだ半分ほど残っている。きっと飲み終わるまでには終わらないだろう。




