第十四話
目の前にはフンス、と意気込んだアリスがいる。手元のカップには琥珀色のハーブティーが若返った蓮を映している。
(聞きたいことは沢山あるけど…何から聞くべきか…)
聞きたい事が多すぎて、取捨選択ができないでいた。このままでは悩んでいるだけで、飲み物が冷めてしまいそうだった。アリスはアリスでなにやら提案したそうな顔をしている。
「ねぇレン、これは提案なんだけど、違う世界から来たから、簡単に広く教えるのはどう?」
そう提案してきた。やはり良く人を観察していると思う。自分の事を決めれない事に少し恥ずかしくなり、カップの握り方を変えてみたりして、誤魔化してみたが、きっとこれもアリスに見抜かれているだろう…。しかしながら、アリスからの提案は理にかなっている様に思える。なにせ異世界初心者に深い情報はきっと整理できないのだから。
「…そうだね、うん、広く簡単に教えてくれる?」
「はい、わかりました!じゃあ、流通都市に行ったばかりだから、この大陸の名前から教えるね」
やはり先輩風を吹かせたいのだろう、返ってきた返事はどことなく先生の様な口調だった。
「じゃあお願いします。アリス先生」
こちらもそれにノって返す。こういう時はノらないといけないのだ。ボケた時に誰も反応しないのは、心に少しの傷跡を残す事を知っている。
「はい、じゃあこの大陸はルムラ大陸といって、大陸の中心にテトラディア王国があります。」
アリスは先生口調は残したまま、少し真面目な雰囲気で、この世界の知識を語り始めた。その姿は先ほどまでの砕けた雰囲気から一転して、凛とした先生になっている。
「そして、北にセラフィル聖国、南にグランベル王国、西にアルケイン魔導国、最後に東にマルケス商業連合があります。」
一気に固有名詞が流れ込んできて、思わず眉間に力が入る。
「……ちょっと待って。一気に五つぐらい出てきたよね?えっと、真ん中が……なんだっけ」
指を折りながら復唱していると、アリスはくすっと笑った。
「大丈夫、慌てないで。それに全部覚えなくてもいいから。ざっくり言うとね――」
アリスはそう言って指を一本立てる。先生モードは継続中らしい。さらにそのまま、テーブルの上に指で簡単な地図をなぞり始めた。
「北は宗教の国、南は農業の国、西は魔法で、東は商人の国」
「先生、ここテストにでますか?」
「出ません。が、覚えておくとレン君の為になりますよ?」
アリス先生は自分の人差し指を顔に持っていき、首をかしげながら、そう注意してくる。なによりその仕草がとてもあざとい。
(レン君)
その呼び方は破壊力バツグンだ。
「……っ」
顔の火照りを隠そうと、ハーブティーを一気に飲み干した。
「…レン君大丈夫ですか?そ、それでは、今私たちがいるのはここで――」
そういうアリスは、俺の反応を見て我に返ったのだろうか、少しハッして、顔を赤くしテーブルをツンツンと指さしている。
「テトラディア王国と、グランベル王国の間にいるの――」
恥ずかしがりながらも先生を装って説明するらしい。説明よりもアリスの挙動が愛おしくて、そちらに脳のリソースが割かれて集中できない。
「それでね?流通都市っていうのは――」
アリスは一度言葉を切って、俺の顔をちらっと見る。
「国と国の間にあって、商人たちが安全に休める場所として発展した街なの」
「つまり中継地点?」
「そう、それ!正解です!」
アリスは自分自身に耐えかねたのか、最後の方は振り絞って言い切った。その姿を見てクククと笑っていると、隠れる様に俯いた。
「アリス先生、いつも通りで大丈夫だよ」
「もうっ!茶化さないでよっ!レンの意地悪!」
そういって両手で拳をグッと握り、胸の前に持ってくる。あざといのは、演じていた訳ではなくて、どうやら素らしい。
「ごめんごめん。ってことは流通都市は、テトラディア王国の周りにいくつもあるの?」
茶化しすぎは良くない。真面目に質問した。アリスは一度深呼吸して、気持ちを整えたようだった。先生を無かった事にしようとしている。
「…良く分かったね?中央に向けて、それぞれの国から大きな流通都市が四つあるよ――」
どうやら素の状態で説明する事にした様だ。
「それに、それ以外の場所にも大小様々な流通都市があるの」
「じゃあ、俺たちが今日行った流通都市は、大きい流通都市…って事かな?」
「そういう事。…それにね、流通都市はどの国にも属してないから――」
アリスは少し言葉を選ぶように続けた。
「グレーな取引もあるし、治安が悪い場所もあるの」
どうやら手を握られていたのは、迷子になる危険もあるが、治安の悪さも関係していたらしい。
「アリスはそんな場所にハンカチを毎回売りに行ってたのか?!ごめん!何も知らなくて!」
ハンカチを売りに行く道中も危険があるのに、流通都市も危ない様だ。それなのに俺は家事や畑仕事をやって、重労働だなんだと気楽に過ごしていた。カップを握る手が少しだけ震える。
「レン、心配してくれてありがとう。でもね、四つの流通都市は大きすぎで、国がその存在を半分認めていて、大使を置いてたりするから、比較的安全だよ」
「そ、そうなのか?でも次からは俺も絶対付いていくからな!!」
自分でも驚くほど大きな声がでた。アリスも目をパチパチさせながら、『わかった、お願い』と頷いた。命の恩人を比較的安全でも、守りたいのだ。
「それでね?四つの流通都市以外にも、小さい野良の都市があるんだけど、ここは大使も置かれて無いし、人身売買もあったりするから近寄らない事!いい?」
「わ、わかった。野良の流通都市には近寄らない。」
どうやら異世界では人身売買があるらしい。日本ではあり得ない事が、ここでは非日常ではないのだろう。知りたかったここでの知識が、少し残酷で心細くなる。
「…レン、もうハーブティー無くなったでしょ?一回休憩しよっか」
本当に人の機微に敏い女性だ。でもその心遣いが今はありがたかった。
「そうだね。俺がお代わり注いでくるよ。少しまってて。」
そういって、カップ二つを持ち外にでる。なんだか外で深呼吸をしたくなったのだ。ショッキングな事も知ってしまったが、この世界の地理を大まかに知る事ができて、危険な事も知れたのだ。気を付ける事ができるのは大きいだろう。知らなければアリスを守る事も出来ないのだ。




