第十一話
あれからアリスの提案通り歩き回っている。ちょうど今は雑貨の通りの露店で、俺はアリスへのプレゼントを吟味中だ。価格の相場が分からないので、所持金が不安だが、そもそも何を贈っていいのか…。アリスはというと少し離れたところで、店舗のショーウィンドウを見ていた。そこには通行客に見える様に全身トルソーが置いてあり、絹で色鮮やかな女性用の服が何体も飾られていた。興味はあるのだろう。トルソー下にある値札を見て諦めた様だった。
(そうだよな…女の子ならオシャレに着飾りたいよな…)
ふと所持金を見て、買ってあげられないのを情けなく思う。アリスは店舗型の買い物には区切りをつけたのか、露店の古着や雑貨を見て回る事にした様だ。
「お兄さんお兄さん、ちょっと!」
アリスの事を見ていたら、少し離れた場所からそんな声が聞こえてきた。声のした方を見ると、少し離れた場所の露店の店主と目が合った。自分に指を指して俺か?とジェスチャーをしたらコクコクと頷かれた。どうやら俺に話しかけてきたようだ。
(俺に?何かしたか?怪しい勧誘とかじゃないだろうな……)
よし、アリスの場所はあそこか。何かあっても声が届く範囲にいることを確認して、店主の方に歩いていく。警戒心が顔に出ていたのだろうか。
「お兄さん悪いね、ここまで歩かせちゃって。そう警戒しなさんな。俺はジェイス、プレゼント探してるんだろう?」
「……ッ」
なぜ分かったのだろう。その一言で驚愕と警戒心に心臓が跳ねる。
「あぁこういう商売、特に露店やってたら客の動きや流れには敏感なんだよ。店舗持ちには必要ないんだが、露店商人だと客引きも能力の一つなのさ」
…なるほど。確かに、と顎に手をやり、うんうんと納得した。
「それでお兄さん、あそこの…銀髪の彼女にプレゼントするんで合ってるかい?」
ジェイスはアリスを見ながらそう言った。彼の観察眼は銀髪に目がいっている様に思える。
「…そうだが、気になるか?」
「いやね、この辺りで銀髪は“まず見ない”んだよ。見たら大体みんな二度見するレベルでね。その相方のお兄さんも黒髪ときたもんだ。なに珍しいから興味があったから聞いてみただけさ。気を悪くしたなら申し訳ねぇ」
髪の色が珍しい?確かにアリスの銀髪は目を引くほど綺麗な色をしている。周りを見てみるが確かに銀髪はいない、が……他の人々も俺からすると珍しい、赤や、青、緑、色味の差はあれど、皆多種多様な色をしている。かくいうジェイスも鉛色で日本人からしたら大変珍しいが…。
「そうなのか?」
俺がそう返すと、ジェイスは少し声を落とした。
「彼女、ただの庶民じゃないだろ?」
一瞬、言葉に詰まる。
その視線の先には、少し離れた場所で服を見ているアリスがいた。
――銀髪。
確かに目を引く色だ。だが、それだけのはずだと思っていた。ジェイスは肩をすくめる。
(ただ珍しいだけ、のはずだろ……?)
ふとアリスの横顔を見る。いつも通りのはずなのに、なぜか少しだけ遠く感じた。
「……俺は……知らない」
口から漏れた言葉は、自分でも驚くほど弱かった。
「何も……知らないんだ」
助けられて、一緒にいて、笑って。今日もこうやって仲良くお出かけしたりして。それなのに俺はアリスの事を何一つ知らないのだ。
ジェイスはそんな俺を見て、何かに納得したのか、元の声の大きさで話しかけてきた。
「まぁなる様になるさ。それでお兄さん、プレゼントだけどコレなんかどうだい?」
そういって、80cm程の白いリボンを渡してきた。
「彼女あそこの服屋見ていただろう?これはあそこの服屋が仕立てる時に出た端材さ。端材とは言っても材料は絹さ、見事なもんだろ?」
「……そうだな」
先ほどの話題で頭の中がパンクしそうだ。生返事をしてしまった。
「お兄さん、プレゼントは思いが乗ってないと喜ばれませんぜ?」
そう、言われてハッとした。頭をブンブンと振り気持ちをリセットする。
「確かにそうだな。ジェイス、ありがとう。このリボンよく見てもいいか?」
もちろんさ、とジェイスが頭を縦に振る。さて、この絹のリボン確かに手触りも良い、色も発色がよく、このままプレゼントにしてしまってもいいだろう。だがジェイスが言ったように、プレゼントは気持ちを乗せたい。それにジェイスのそのままの提案を採用するのも癪だしな。
「ジェイス、これの深い青色のリボンはあるか?あればそれも見せて欲しい。」
アリスの銀髪は正直どんな色でも似合うだろう、だが青色は大人びているけど、仕草はどこか子供らしさが残るアリスにとても似合う気がした。
「お兄さん、ほらコレ」
そういって深い青色のリボンを受け取って吟味する。絹特有の滑らかな手触りが心地いい。それに絹で朱子織にしているのだろう、キラキラとした色味があり、光の当たる角度を変えると、深い青色から鮮やかな青色に変化する。このグラデーションする感じが、今の色んな表情をみせるアリスにピッタリな気がした。
「これにするよ、値段は…?」
「お兄さん、ちなみにこれを使って作った服はね、小金貨一枚はくだらないんだ。彼女が見てた服だね。だから端材でも結構いい値段するよ。そうだね、銀貨二枚ってところかな。」
(銀貨二枚?!予算オーバーだ!まずいまずいまずい!)
所持金は小銀貨十四枚だ、あと少しが足りない。アリスに借りるか?いや、その選択肢はなしだ。値切るか?でも日本に暮らしていて値切った事がない。しかし、このリボンにビビッと来てしまった。他のモノは考えられない。先ほどに続き頭が混乱してきた、これはもう誠心誠意もって正直に交渉するしかない。
「ジェイスすまない!これだけしかないんだ!それでも売ってもらえないだろうか!」
そういって両手に全財産をのせて、深く、90度のお辞儀をした。これでダメなら素直に諦めて、他に探すしかないだろう。そう思いながら、ジェイスの反応があるまでお辞儀し続けた。
「………ふ、ふ。っははは!」
突然ジェイスは笑い始めた。最初は手で口を押えていたが、後半は大笑いだ。
「ジェイス、笑いすぎだ。で、本当にこれだけしかないんだ、どうだろうか…」
そういうと、ジェイスは一転してこちらの目を真剣に見つめてくる。豹変っぷりが少し怖い。それでも目を逸らさずに、俺もジェイスを見る。
「…はぁ、いいですよ。それでお譲りします。先ほども失礼しましたしね。…それにお兄さんとは今後付き合いが長くなりそうです。まぁこれは私の勘ですがね。」
ジェイスが涙を拭いながらそう言ってきた。いくらなんでも笑いすぎだ。
「ありがとうジェイス、恩に着るよ。」
「しかし、他の商人に対して、あんな馬鹿正直にお願いしたらダメでっせ?足元見られて搾り取られますぜ?……ッククク」
思い出し笑いしてやがる…。だが不思議と嫌な気持ちはしなかった。きっとジェイスの人柄だろう。こいつはそのうち露店から店舗持ちになりそうな気がする。これは俺の勘だ。
「……本当に笑いすぎだ!そろそろ行くからな!ありがとジェイスまたな!」
そういってアリスの方に向かう。このままあの場にいたら、収拾がつかなくなっていただろう。あっさりと別れたがジェイスには本当に感謝しているし、流通都市にきたら毎回顔を見せようと思う。そう思える出会いだった。
(アリス以外の交流がジェイスで良かったのかもな。)
そう考えているとアリスがこちらに気づいて、テテテと笑顔で駆け寄ってくる。その光景にギュウっと心が温かくなる。そうか、このプレゼントはお礼もあるが、好意を形にしたかったのだ。そんな自分の気持ちに気づいて、なんだか恥ずかしくなる。
「レン、どうしたの?ニマニマしちゃって。いい事でもあったの?」
本当にアリスは機微に敏いな。いや、今回は俺が分かりやく顔に出ていたのか。
「いい買い物ができたんだ。アリスも買い物はすんだ?」
「うん、私もお買い物終わったよ。買いすぎちゃったかも」
そういってアリスは少しバツが悪そうにエヘヘと笑う。さてお互い用事はすんだ事だし、我が家に帰るとしよう。今日は色々な情報が入ってきて、少し混乱したりもしたが、本質は変わってないんだ。アリスを幸せにする。これが一番大事なんだ。




