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神様の人事異動【後編】

 大学を二人揃って行っていない事に友達から連絡が来ていた。何故二人揃ってなのか、何かあったのかと心配や不信感もあった。

 人類のために覚悟を決めてるのよと、連絡を返すと何を言っているんだお前はと、呆れた返事が返ってきた。

 二日目の今日はレンタカーを借りてみた。免許を取ってから実家に帰れば親の車を借りて運転していたが自分達でこんな風にお店から車を借りるのは初めてだった。

 目的地はどうするか、返却する時間までに走れるところであればどこでもいいと。

「海でも見るか?」

「よし、ナビ入れてくれ」

「泳ぐか?」

「まだ寒いよ」

 目的地に困った時は海だ。

 お互い地元から離れて一人暮らしをしている身でありたまにどんな地元にいたか、泊まりに来た時に出る違う場所で生活していた故の違い。これら我が家では当たり前だったと言う事が、そんなの見たことが無いと首を傾げる時があった。

 ただ共通していたのはお互い海がある地域で生まれた事。自分は観光が少しばかり盛んな地域であったため海は楽しく泳ぐもの。カケルは海と言えば漁港。仕事をするための場所だと言う。

「親父さん。漁師だっけ?」

「そう。だから海は仕事の場」

「カッコいいじゃん?海の男」

「そうか?家だとだらしねえぞ?」

「親父カッコいい!みたいなこと無いか?」

「ガキの頃に船に乗せてもらったぐらいか?あの時は海に詳しいお父さんすごい!って」

「いいじゃんそれ」

「…だろ?」

「……これからカケルの家に行く?」

「いいよそんなの」

「…俺優先していいのか?」

 もっとこう。

 もう会えなくなってしまうのだから家族の側にいた方がやっぱりいいのでは?恋人だからと自分が側にいるのを許されるのは嬉しいが、本当にそれでいいのかと。

「いいんだよ」

「いいのか…?」

「お前が、いいんだよ」

「……」

「これで満足か?」

「…カケルちゃん好き…」

「テンマちゃん好き」

 車内で声を出して笑った。

 見えてきた海はまだ寒いため波打ち際を濡れないように歩く男女のカップルや家族連れ、楽しそうな家族連れがいた。

 下手くそな駐車で時間がかかってしまったが、ようやく車を出て海に近づく。

「潮の匂いだな」

「母なる海だよ」

「母ねえ…」

 迷ったら海。どこまでも続く青は悩みがあったとしてもこんな小さな悩みで頭を抱えていたのかとどうでもよくなってしまう。

 昔はそうだった。自分が男が好きな男だと分かった時に認めずに女の子とそういう仲になろうとしたが結局生まれ持ったセクシャリティは変わらず別れた。

 あの時自分の都合で付き合わせた女の子の顔も名前ももう覚えていない。

 そんな頃に海に来て何も考えずに眺めていると悩みがどこかに流れていく。

「ふーん?」

 カケルがそんな自分の話を興味があるのか無いのか分からない声色で相槌を打っていた。

「思ったんだよ。こんな広い海でさ、飛び込んだらもう俺なんて存在本当にいたのか分からなくなる」

「…ん?」

「時間が経ったらどんどん海の中に俺が消えてさ、誰からも忘れられる…そんなちっぽけな存在なら…別に俺がゲイだなんて事大した事無くねって?」

「…それで吹っ切れたのか?」

「うん」

「お前…訳分かんねえ解決するなあ…」

 カケルが頭を抱えていた。

「深く考えるの苦手なんだよ」

「…うん。そうだな」

「だから実は何かもっと簡単に解決出来るような選択肢があるんじゃないかって思ってる」

「無いだろ」

「カケルちゃん。諦め良すぎない?」

「…俺だって全部納得してる訳じゃない」

「……」

「…でも、どうにもならないしな」

 浜辺に立ってただ話す。波打ち際までスニーカーで歩いて来て靴の中に砂が入っていた。

「……あ」

「ん?」

「何かある」

「あー…」

 石ではない。貝でもない。シーグラスだ。

「懐かしいな。綺麗だから拾ってたんだよ」

「子どもの時に?」

「そう。それで親に見せたらそれはただのガラスの欠片だって言われて」

「ふーん」

「それで子どもの俺は思いました」

「何て?」

「こんな綺麗な物が分からないなんて…やれやれと」

「…何か嫌な子どもだな」

 その綺麗な破片の正体を知っている大人の視線から見たらただの割れたガラス。でも子どもの自分には海から流れてきた宝物だと思っていた。

 きっとこの綺麗な破片は光って自分を冒険の世界に導いてくれるのだと、子どもの頃はそう信じていた、

 話を聞いたカケルはかわいい子ども時代だったんだなと笑っていた。

「…今もそうなんねえかな」

「…成長してそんなファンタジーあり得ないって分かるようになったな」

「……別のファンタジーは来ちまったけど」

 冒険でも何でもない嫌なファンタジーだよ。

「はい」

「何?くれんの?」

「うん…」

 カケルの手のひらにシーグラスを握らせる。このシーグラスが光ってあのスーツの男の考えを改めさせるようなすごい存在は現れないだろうか。

「…あのさ」

「ん?」

「……いや、いいや」

 もしくは自分もその世界に行けないだろうか。


 今日もお互いの家に泊まってなるべく長く過ごそうと車を返却して電車に乗るとそこそこ混み合った電車の中で酔っ払いが座席に横になり何とも迷惑そうだった。

 スマートフォンを眺めて流れてくるニュースを見ると言い訳ばかりにしている犯罪者にコメント欄で多くの人から不満が漏れている。

 何で、こんな人間は残るんだろう。

 ランダムに選んだと言っているからこう言う人間もあちらの世界に連れていかれたかもしれないが、どうせなら何の罪も起こしていない一般人よりもこう言うのを優先させてくれ。

「ランダムだから仕方ないんですよ」

 幻聴だが今一番苛立つ男の声が聞こえた気がした。

「…どうしようか」

「ん?」

「海見たらさ」

「うん」

「逃げる事出来るんじゃないかって」

「どうやってだよ」

 今日見た海を思い出しながらカケルに話す。あのどこまでも続く海を見たらもしかしたら船を乗ってどこまでも船に揺られていけばあの男から逃れる事は出来るのではないかと思う。今からでも遅くないからもう一度海に行きどこまでも行くのはどうかと提案すると、カケルは黙って首を振った。

「…駄目か」

「無理だよ」

「……」

「海見てた時に言いかけたのはそれか?」

「…それだよ」

「……」

 カケルは何も返さずに黙って電車に揺られていた。夜が更ける。時間がどんどん無くなっていく。

 家に着いた時にどうしてそんなすぐに諦めるのかとカケルに尋ねる。どうしてそんな平気な顔が出来るのかと尋ねる。言葉が強くなっていく。

 残される俺はどうでもいいのかと尋ねると、そんな訳ないだろうと言って抱き締められた。

「…ここでさ」

 カケルが静かに話す。もう、寝ている人間が多い時間帯だ。よく声が響く。

「えぇ…?」

「俺がお前と離れたくないって泣いたらどうする?」

「俺も一緒に連れて行ってもらう…」

「……ほら、そう言う」

「泣けよ。そしたら俺はさ」

「やだよ。俺のせいでお前までいなくなるような事」

「代役用意してもらえるか?」

「…そこまでしてくれそうな奴には見えないな」

 一人で十分なんですと、自分は連れていかれる事は無いだろう。

 カケルも自分に振りかかった出来事を飲み込めないけども飲み込んだ振りをして振る舞っている。平気だと言い聞かせないと爆発しそうだと話し抱き締められた手は痛みを感じる程に強かった。

「…平気じゃない…全然平気じゃない」

「……何か、もう人類どうでも良くないか?」

 選ばなければこの世界はどうにかなってしまうが、段々とどうでも良くなる。何も知らない皆さんからすればふざけるなと言われるだろうけど、自分が今の俺達の立場に変わった時に同じことを言えるだろうか。

「…テンマ」

「…」

「…多分、今俺達世界中で一番不幸なのは俺達だって思ってるかもしれん」

「…うん。思ってるわ」

 人類どうでもよくなってきたもん。

「…それは…いけないんだろうな」

「…俺も、それは分かるわ」

「……覚悟決まらねぇな」

「…決まらねぇよ…」

 不安定な足場に立つように揺れながら過ごしてしまった。


 神様とは必要なのだろうか。世の中に見える存在は生きている存在しかいないから死後、どんな風になるのか誰も詳細は分からない。あちらの世界に行った事がある人間はテレビの特番で子どもの頃に見た気がするが、それも人によりどこか違う。

 死んだ後にこうだったらいいのになの理想と、人間が正しく生きるために恐怖も織り混ぜて想像する世界が知られている。

 それでも本当に存在する世界がただ単純に死んだ存在の魂を管理するだけの世界なら、そんな単純な世界は神様は本当に必要だろうか。こちらとしては一番重要なのは生きている今であって、これから何十年先の未来で死んだ後の世界なんか知った事ではない。

 向こうの世界に行った時に存在していた頃の記憶や思い出が無くなってしまうのなら尚更だ。

「でもね、必要なんですよ」

 三日目の朝、どこかに行ってしまおうとカケルの手を引いて歩いているとそのスーツの男は思考を読んでそう言った。

「…うわ、出た」

 突然現れた男に周りは特に気にかける様子は無い。

「出ますよ。三日目ですから」

「……」

「あなた。覚悟を決められたのでは?」

 黙って自分に手を引かれるカケルに視線を向けて男は言う。無言でいるカケルを背にして自分が口を開く。

「……人生経験がまだ浅いもんで…三日そこらで答えが出せなくてね」

「十分人生経験をしたじゃありませんか?人の世に生まれて比較的平和な国で生きて学び遊び恋をして、人間の三大欲求を満たしている」

「あんたからしたらそう見えるけど、あんたが理解していると思うほど…人生そんな簡単じゃないんだよ」

「あなた達この三日間で十分したでしょう?愛した人といて、語らい傍にいて遊んでセックスして」

 それで十分人生を楽しんだでしょう?

「……あんた本当に話が通じないな」

「この国の言葉を選んでいるのですが?」

「日本語同士の会話でこんな通じないんだ」

「?外国語の方がよろしかったですか?」

「…テンマ」

「カケル…」

「あ、決まりました」

 もう話が通じない。人間ではないと分かっているが、この男にどれだけ人間の価値や苦悩を伝えても暖簾に腕押し、何の意味も無い。

 三日与えられて吹っ切れようと遊んでも話しても後悔が無いように交わっても結局人生経験の浅い自分達にはこれしか答えが出なかった。

「俺もカケルと一緒に連れてけ」

 大きなため息を吐いてカケルが項垂れた。

「……それは」

「一人足りないんだろう?カケルと俺、二人そっちに連れていけ。少ないよりは多い方がそっちも助かるんじゃないか?」

「それがあなた達が出した答えですか?」

「そうだよ」

 代役を立てるわけでもなく。逃げるわけでもなく、二人一緒に連れていけ。カケルは巻き込まれる必要は無いだろうと首を振っていたがしつこくしつこくとにかくしつこくカケルに言って最後は半ば諦めた状態で頷いた。

 第三の選択肢だ。

「……あのですね」


 そんな勝手なお願い聞き入れる訳無いでしょう?


 男の雰囲気が変わった。怒っている、呆れている、そんな雰囲気ではない。子どもが駄々こねている様子を見ている親のような困った顔をしている。

「……え?」

「…ちょっ…待て」

「勝手にそんな答えを出さないで下さい。一人で十分なのに二人来たら仕事の振り分けも面倒なんです」

 淡々とそう告げる最中、周囲の景色が揺れていく。揺れて歪んで足元が崩れていくような恐ろしい感覚が襲う。

「指定した人間以外を持っていけません。代役でも無いんだし」

「待て待て待て!一人増えるぐらいなんて事無いだろう!?」

「そうだそうだ!」

「駄目です。私達の世界がそう決めているんです」

「…臨機応変出来ねぇのか!?俺はバイト先でも臨機応変に対応しろって言われてるぞ!!」

「そっちの世界と違うんですよ」

 こっちにはこっちのやり方があるんですよ。


 カケルと一緒に走り出す。今この世界で走っているのは自分とカケルしかいない。いつも見ているはずの景色が歪んでいく。水を貯めた器の中にいくつもの色の絵の具を垂らして混ぜるように歪んでいく。

 建物も車も電車も人も。

「…嘘だろ?」

「嘘だと…思いたい」

 本当に世界を一から作り直す気なのか。自分が彼等が出さなかった答えを出した。その程度で今度はそうはならないようにこの世界を全部無くしてしまうのか。

「…カケル、カケルごめん」

「……」

「俺のせいだ。俺が、俺が」

 未熟なせいで子どもみたいに離れたくないと駄々こねた結果だ。音もなく周囲が歪んで崩れていくのにそこから逃げられずにいた。

「お前のせいじゃねぇよ…」

「いや、俺だよ…今から間に合うか分からんけど…俺の肩に」

「嫌だよ!」

 肩に手を乗せて代役にしてもらおうとすると、今までに無いぐらいに大声を上げて拒否するカケルに抱き締められる。

「…俺も、お前がいるならいいと思ったから」

「…何だよそれ」

「同罪だよ…俺達」

 自分達が一緒にいたいがために世界を滅ぼす事になるんだろうか。

 そう後悔してももう遅い中でこのまま滅ぼされるのを意識が無くなるのを待っていた。


「お兄さん」


 歪みどこかに消えていく世界の中で声が聞こえた。


「……え?」

「…あれ?」

 ホームレスの男性だ。まだ二回しか面識が無い男性が滅ぶのを待っている自分達の世界に立っていた。

「…!おじさん!早くどっかに逃げな!危ないから!」

「そうだよ!見たら分かるだろ!俺達…」

「代役探してるんだろう?」

「………ん?」

 男性から信じられない言葉が出た。

「いや、え?あれ…?」

 そう言えば何故周囲の人々はこの世界が今どうこうなっているのに声も上げず自分達を認識せずに消えているのにこの男性は普通に立ってこちらに話しかけているんだろう。

「おや?」

 頭が混乱しているとスーツの男性がゆっくり歩きながら追い付いて自分達と男性を捉えた。

「あなたは」

「あぁあんたか」

 ホームレスの男性がスーツの男性を見て忌々しげにそう言った。

「お久しぶりです。千年ぶりですか?」

 お元気そうで何よりですよ。

「あんたこそ。今度はこんな若い二人を連れて行こうとして」

「選択肢は与えましたよ。でも勝手な願いを言うからどうにもならなくて再構築しようとしてるだけです」

「あの時もそうだ。私の妻を連れて行って喚く私にまた会えるようにしてあげるからと不死にした」

「連れて行かれるのを認識したのはあなたが初めてでしたね。あまりに珍しくて愛が深いから慈悲でまた生まれ変わりで会えるように不死にした…懐かしいですね」

 世界崩壊の歪みが止まり目の前で頭の理解が追い付かない会話が繰り広げられていた。カケルも何が何だかと混乱しているがホームレスの男性がこちらに静かに歩み寄る。

「もう大丈夫。あの時の恩を返させてくれ」

 そう言って自分とカケルの手を取る。汚くてごめんねと謝りながら男性は自分達の手を自らの肩に乗せた。

 そこでハッとして首を振る。カケルも駄目だと断る。それを男性がいいんだと断り頷く。

 スーツの男性に向かってホームレスの男性が言った。


「私が代役です」


「分かりました。それでは」

 スーツの男性が笑ってホームレスの男性を連れていく。男性の肩に乗せられていた手が離れていき伸ばそうとしたが半端なところで手が止まりスーツの男性も、ホームレスの男性も見えなくなってしまう。

 目が開けられない程に眩しく光り、耳に町の音が聞こえて足元は歩きやすいコンクリート。建物は何の問題も無く立っていた。

「……?」

「…えと?」

 ここで、自分達はなにをしていたのだろう。

 大学もバイトもサボっていたが、何故サボっていたのか理由が思い出せないままに同じ様に思い出せないカケルと目を合わせながらまずは一歩踏み出した。

 


 



 



 


 


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