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神様の人事異動【中編】

 それから変わりの無い日常のはずだった。

 大学に行き講義を受けてバイトがある日はバイトに行き時間が合えばカケルと会ったり友達と会って遊んだり、何も変わらないはずの日常なのに何故か違和感を感じる。

 例えば大学に行き同じ講義をよく受けるが名前までは知らない顔見知りに何か違う雰囲気を感じたり、髪型が明らかに偽物であるためよく覚えていた中年の先生にもいつからこの人がいたかなど、知っているはずなのに知らないような気持ちの悪い違和感がある。

 よく遊ぶ友人が三人いる。顔も名前も知ってる。こいつに彼女がいるとかこいつは浮気をされて別れたとか知っているはずなのに、何故かその三人の内一人が知らないような、本当に前からこいつはいたか?とおかしな感覚に襲われるのだ。


「それで最近百面相してるのか」

 全国展開しているカフェがいつもよりも空いていたためカケルと入り、飲み物を口に運んでからカケルに最近の違和感を伝える。

「知ってるんだよ。あいつもこいつも知ってるはずなのに何かおかしいんだよ」

「おかしい…」

「バイト先のパチンコ店もだ。毎日来てるやに臭い爺さんがいるけど…その爺さんもこの人こんな人だったか?って…なったんだよ」

「それが客の玉崩した言い訳か?」

「いや……うん」

 一回はやるから仕方ないよと許してくれた店長に常連の爺さんに顔がひきつりながら必死に玉を拾った。

「気持ちが悪い…」

「……」

 こちらが甘い飲み物を飲んでいるのは対照的に相変わらず大人なコーヒーを飲んでいるカケルは黙って話を聞いた。

 自分でもよく説明出来ない違和感、気持ち悪さを抱える事は不可能で誰かに聞いて欲しい。今自分の一番近いところに触れているのがカケルだ。カケルに恋人に聞いて欲しい。

「……俺の」

「…ん?」

 コーヒーカップを半分ほど空にした辺りでカケルが口を開く。

「俺のバイト先のコンビニあるだろ?」

「あるな。駅前でめちゃくちゃ忙しいコンビニ」

「そこでいっつも煙草の番号言わない婆さんがいるんだよ」

「あぁ前に聞いたな。頑なに番号を言わない婆さん」

「昨日来て、新人の子がレジに立ってたから俺がさっさとその婆さんの煙草用意したんだよ」

「うん」

「そんで番号言わねえで煙草の名前だけ言って金出して、さっさと行ってほしいから会計したんだよ」

「うん、うん」

「そんでパッと顔上げた時に“ん?”って」

「ん?」

「あの婆さんあぁだっけ?」

「…え?」

「あんな顔だっけ?あんな服装だったか?前から確かにそうだった気もするけど…違うような気もした…」

「…それって」

「お前が言う、違和感に近いかもしれない」

 近所で飼われてる犬はあんな犬だったろうか。通学の時にすれ違うサラリーマンはあの人だったろうか。

 お互い話し始めると、いつもの日常に何かおかしな事が起こっているのではと確信めいたものがあった。

「…なるほど…」

「……」

「…でもまあ…」

「うん…?」

 自分達の日常がめちゃくちゃになった訳ではない。ただ気持ちの悪い違和感を残して解決しきれないようなモヤモヤを抱えて店を出た。

 お互いの家族に何か変化があった訳ではない。違和感がありその後何か大災害が起こるとか、そんなものは無い。

「…変な感じだな…」

「気にしない方がいいのかもな?」

「んー…」

 そう言いながら歩いていく。

 この後は特に予定は無いため家に帰ろうかと思ったが、駅とは反対側に進んで行く。

 何でこっちに進んでいるのだろう。

 カケルと目を合わせてみるが、特におかしな点は無い。当たり前のように歩いていき進み、知らない路地裏に入る。

 そこには店の名前も分からない喫茶店があった。

「あ、ここだ」

「ここだな」

 どこだ?

 カケルと一緒に当たり前のようにその見つけた店に入る。別に探していた訳ではない。こんな喫茶店知らない。ここはどこだと頭の中で感じているのにそれよりも大きく“ここに入るべきだ”と思わされる。

 扉を開けるとそこは無音だった。

 客は誰もいない。店に入った自分達はあちらの席にどうぞと促されて座る。

 二人並んで座ると、正面にもう一人?いた。


「こんにちは」


 相席になったその人?ははっきりと姿が見えない。ただそれに恐怖や驚きは何も感じずに“あぁこういうもんだ”と何故か思わされてしまう。


「こっちの方が話しやすいかな?」


 相席の人?はそう言ってはっきりしない形を段々と形を作り、町ですれ違っても印象に残らないようなごく普通のスーツの男性に姿を変えた。

 そして自分達に話しかける。


「どう?」


「…いや、どうって…」

「特に何も…普通」

「そうか。それなら丁度いい見た目なんだな」

 二十代後半?それぐらいのスーツの男性とは勿論面識は無い。カケルも知り合いではないと言って不可思議な状況にやっと頭が追い付いた。

「え?誰?何処だここ?」

「分からん。えっと…何?」

「まあゆっくり話すよ」

 スーツの男性は頬杖をついて笑う。

「最近おかしな事が起こった?」

 名乗りもしない見知らぬスーツの男性は自分達の事を見透かすようにそう言った。

「……え?」

「あったんでしょう?感じたんでしょう?おかしいな?でも何がおかしいんだろう。分からないな…みたいな」

「…あんた誰です?何なんですか?」

 カケルが怪訝な表情で尋ねるが男性は笑うばかりで答えてくれない。

 恐怖は無いが、得たいの知れない何かを覗いているような。もしくは覗かれているような不可思議は気持ちだった。

「君達はすごいね」

「何が」

「何がすごいんです?」

「何人かはいるけど…阻止したのは君ぐらいだ」

 スーツの男性は自分に指を差して言う。

「今から言うことをよーく聞いて。大事な事だ」

「…ええ?」

 話がさっぱり分からないと思いながらスーツの男性はゆっくり話し始める。

「君達が存在する世界とは別に、黄泉、天国、あの世、極楽…そう呼ばれているような君達が存在し得ない別の世界がある」

「……ん?」

「何ですか?怪しい宗教の勧誘?」

「まさか。まあ聞いてよ。そう言う世界があるんだよ。生きている人間が到達し得ないそんな世界が…私達はその世界で君達の世界を観察したり肉体を失った君達のような存在を受け入れてその後どうするかを決める仕事をしている」

「俗に言う…あの世」

「まあそうだね」

 この世に生きている自分達には分からない世界の事を当たり前のように話すスーツの男性。恐らく普段なら顔をひきつらせて適当な理由をつけてこの場から離れるはずだが、何故か男性の話を受け入れて当たり前のようにその世界、あの世がある事を受け入れる。

「でもね。何千年か一回にある事を行うんだよ」

「ある事?」

「ある程度働いたあの世の存在を一度まっ皿な状態にしてこの世界に生まれ直させるんだ」

「輪廻転生?みたいなものか?」

「それに近いかもね。ただそうすると今度はあの世の仕事をする存在が足りなくなる」

「…ん?」

「だから、足りない分をランダムに選んだこの世の存在で賄うんだよ」

「…ん?ん?」

「ん?」

 何を言っているんだこの男は。

 ここで素直に話を聞いていたが一気に理解が出来なくなった。

 あの世で仕事をしている存在があるのは分かる。正しいのか正しくないのか知らないが閻魔大王や獄卒、外国で言うと神様みたいな存在がいるんだろう。

 そこで同じ仕事をし続けている存在を輪廻転生させるためにこの世に生まれさせる。そしたら仕事をする存在が足りなくなるのでこの世から補充する。

「…ちょっと理解が追い付かないんだが…」

「まあそっちで言う人事異動みたいなもの」

「あの世で人事異動するのか?」

「何千年も同じ仕事だからね。やっぱりそうすると飽きてきたり手を抜く事があるんだ。だから定期的にこの世に生まれ直させて…生まれ直した存在が死んだらまた同じ仕事をしてもらうけど」

「お、おう…?」

「その間はどうしても仕事をする存在が足りないから君達の世界から補充してるの」

「いや、そんなのそっちで何とかしろよ」

「そうだよ。こっちを巻き込むなよ」

 カケルと揃って男性に指を差す。

「残ってる存在でどうにか出来ないから補充してるんだ。死んだ魂なんて数えきれない程いるしどうにも出来ないんだよ」

「……だから生きてる人間で補充しようって…」

 理解が出来ない。この男は何を当たり前のように言っているのか。

 そこで男が言う“補充”はあの車に乗り込む人達の事ではないか。

「分かった?テンマ君」

「…マジで?」

「君は見ただろう?認識したのは驚いた。昨日あの世の仕事のために選ばれた人達を迎えに行ったんだ」

「迎えに…?」

「何日かかけて一応ランダムだけど仕事をさせる存在を決めた。そして迎えに行ったんだ。あぁ安心して迎えに行って連れていったけどちゃんと代わりも用意したから」

 あの世にいる魂をこっちに下ろして選ばれた人間の代役をしているからと大丈夫と男は笑う。

 頭がぐらつく。

 そしたらここ最近感じた身近な人間への違和感は?

「いや…代わりって?」

「いきなり人が消えたらおかしいだろう?だからあの世にいる魂をその人間の代わりに下ろして今後の人生の代役をしてもらってる。だから何も悲しくないよ?まあ頭のてっぺんから爪先まで同じってのは無理だけど」

 それでも何も問題無いはずだ。

「それ、じゃあ…」

 違和感を感じた。カケルも自分も知っているはずの人間が違うような説明の出来ない感覚は、人に説明しても理解出来ないものだった。

「…いや…いやいやそんな簡単に代役って…」

「でも驚いた。人間がその代わった事に気付くなんて事は無いんだよ。それに加えて」

「加えて…?」

「選ばれた人間が行くのを阻止したのも初めてだよ」

 まさか選ばれてない人間が選ばれた人間の邪魔をするなんてあり得ない。

「…あ」

「…あれか?」

 カケルが知らない車に乗り込もうとしたのを止めた。二人で尻餅をついて驚き何が何なのか分からないままになっていたあの日。

 あの日、人事異動が行われていた。何人ものランダムに選ばれた人間があの世で仕事をするために連れていかれてその人間の代役がやって来た。

「……わ、分かった」

「分かった?」

「話は…分かった…」

「分かってくれたかあ」

 未知の世界の話であるが、とりあえず理解はしてそして今この状況だ。

「…それでこれ以上俺達に何の用事?」

「確かに…」

 もう、人事異動は終わったんじゃないか?

「いや。終わってないよ」

「終わってない?」

「言っただろ?君が阻止した」

 まずは自分に指を差して男性が喋る。

「君の隣の彼、君の恋人のカケル君が今回選ばれた一人なのに君が阻止した。そのため向こうで仕事をする人数が一人足りなくなってる」

 差した指をそのままカケルに動かして喋る。

「困ってるんだよ。仕事をする人が足りないと。だから改めて迎えに来た」

「…え?」

「ここから出たら車用意してあるから行こうか」

「…いや!待て!待て待て!」

「何故?」

「止める当たり前だろ!こいつは俺の!」

「うん。恋人だね」

「だから!」

「大丈夫だよ。今のカケル君と遜色無い代役を用意してあるから君が独り身になる訳じゃない」

「そうじゃなくて!」

「何の心配も無いよ?思い出もちゃんとその代役で補正されるから欠ける部分は無い」

「…だから」

 話が、通じない。

 カケルも何を言っているだと言わんばかりに口を開けている。代役がいるんですか?ならOKですと了承する程に薄い関係性ではない。

「それじゃ行こうか?」

「いや行きませんよ」

 即答して断ったカケルに男は首を傾げる。

「何で?」

「何でって…当たり前でしょう?」

「大丈夫だよ。向こうに行く時はホームシックにならないように記憶は全部無くなるから」

「尚更嫌だよ!」

「もういい!もういい!行くぞカケル!」

「行こう!行こう!」

 これ以上話していると頭がおかしくなりそうだと感じて慌てて見知らぬ喫茶店から出る。

 扉を開いてとにかくこのおかしな空間から出ると向かい合って座っていた男は開いた扉の目の前にいた。

「…ひっ」

「えっ…」

「それならカケル君の代役を選んでもらえる」

「…だ、いやく?」

「そんなに嫌なら無理強いしないさ。でもこちらも仕事をする数が足りなくなるのは困る。どうせこちらもランダムに選んでいるから君達がこの人が代役ですって選んだのを連れてきて」

「連れて…」

「期限は三日。三日後にまた来るからその時代役の人間の肩に手を置いて“代役です”って伝えてね」

 それじゃあ選ぶの頑張って。

 男はそう言って背中を向ける。すると先ほどまで認識出来ていたスーツの男の姿が歪んでまた上手く認識出来なくなってしまった。

 そして完全に認識出来なくなる前に尋ねる。

「もし代役が見つからなかったら!?」

「その時はもう仕方ない。向こうに行くのも嫌なら」


 この世界を一から作り直す。


「……ん?」

「え?作り直すって?」

「生命がいて死があるから私達の仕事が必要なんだ。それが出来なくなるなら一度世界を眠らせて再構築させる」

「…地球滅亡させるって…事?」

「分かりやすく言うとそうかもしれない。痛みや苦しみは無いように眠らせて…新たに世界を作り上げる。今度はそうならないように世界を作り直すの」

 仕事の手が足りないんじゃ仕事を無くしてしまえばいいからね。

 そう、何でもないようにとんでもない事を言われた。

「…そ、そんな事までする必要無いだろ!?」

「そうだ!そうだ!」

「だって仕方ないでしょ?」

「どんな理屈だよ!ひとの心あんのか!?」

「テンマ!こいつ人じゃねえ!!」

「確かに!」

「そうならないように探してね」

 特に選ぶ人に条件は無いからと。

 男は消えてしまった。

 とんでもない選択肢を残して。


 どうすればいいのか。

 周りに言っても頭がおかしくなったのかと思われるこの状況にお互いどうにかなりそうなまま歩く。

 どうすればいいのか。

 誰かを代役にすればいい。あの男の言うようにそうすれば自分とカケルはこのままこの世界に残れる。誰かを代役にしてもそれまたその存在の代わりとなる存在が出来て世界は恐らく何も変わらない。友達が変わった事にも気付かず家族が知らない間に変わっても、思い出も変わらず記憶も最初からそうだと言うように改編されて何も変化は無い。

 初めからまるで存在していないみたいに。

 それはひどく残酷じゃないかと、そんな事を平気で提案して話す男に自分達のような人間とは違う考えを見せつけられた。

「テンマ」

「…何?」

「とんでもない事したんだな」

「…はあ?」

「お前があの時、俺を引っ張らないでいたら…こんな事にならなかったのに」

「はあ?何だよそれ…止めるだろ?」

「止めなきゃこうなってなかったんだよ。分かってるのかよ!人類存亡!俺達にかかったぞ!」

「んな馬鹿……本当だ…人類存亡かかっちゃった…」

 こいつらなに言ってるんだと言わんばかりの視線を受けながら自分達の肩にのし掛かったその重さをようやく自覚…自覚出来たか分からないが感じた。

「……代役はあるって」

「……」

「…だから平気だろ?」

「平気って…」

「だって誰かに代わりに犠牲になって下さいって…俺そんなのしたくねえよ…」

「……」

「あいつが言ってた通りなら俺が向こうに行っても代役はいるし記憶も補正されるって?ならお前が泣くような事はないしな」

「…何だよそれ」

「でも誰かに代わりになってもらったら?その記憶は俺達に残るかもしれないぞ?俺達は自分達の代わりに誰かを犠牲にしました…ずっと嫌な気持ちが残ると思う」

「…他に方法無いのかよ…」

「…無いんじゃないか?」

「…やだよ。考えたくない。やだ」

「子どもかよ」

「…子どもでいいよ」

 三日は短い。

 そんな短い期間で答えを出せと言われても嫌だ嫌だと押し問答をしてお互い離れる気にならず、その日は自分の家にカケルを招いて泊まってもらった。

 バイトにもお互い連絡を入れて人類存亡の危機がかかってるので明日から三日間休みますと告げると自分のバイト先の店長は“なに言ってんの?”とため息を吐きカケルのバイト先の店長は“最近働かせ過ぎた?”と心配の声を上げていた。

 スマートフォンを手にして無意味にネット情報を眺めるが、ふと今このネットに載っている芸能人も思い出せない誰かの代役なのだろうか。

「……代役って」

「…ん?」

「こう言う人間は代役に出来ないって言ってなかったよな」

「だな…」

「…いなくなっても良さそうな…犯罪者とかじゃ駄目かな?」

「…どうやって見つけんだよ」

「三日間で指名手配犯を探す…とか?」

「…警察が何年も見つけられてないのに俺達が三日で見つけられるわけねえじゃん?」

「それなら…」

 ネットでよく見る話の通じない奴は。

 訳の分からない陰謀論を唱えている自称予知能力者。

 どう見ても詐偽の宗教団体は。

 今ニュースでやっているひき逃げ犯は。

「……」

「…なあ、いなくなってもいい奴…たくさんいねえか?」

「…ここで…そんな事無いって言えたらいいけどよ」

 嫌なニュースが溢れてる故に言えないなとカケルが笑う。

「……ネットで募集する?」

「…いなくなりたい人いませんかって?」

「そう…」

「絶対やるな」

「…だよなあ」

 お前ならそう言うと思ったよ。だから好きになったんだよ。

 誰も見ていない部屋の中でカケルを抱き締めて二人きりになった恋人同士で行う事を頭がどうにかなりそうな程に行った。 


 三日でどうにかしないと。

 どうにかするってどうしようか。


 次の日は大学もバイトも休んで二人でいる事にした。正直な話は答えが出ないため思考を放棄するようにあちらこちらを歩いて遊んで周る事にした。

「勝手だよなあ」

「あいつ?」

「あいつが決定してるのか分からないけど…でもこっちの事なんて何も分かってない顔して話すんだぜ?」

「人の気持ちなんざ分からないんだろう」

 あっちの世界って喜怒哀楽を考える必要なんて無いのかな。

 見たことも無い想像したこともない。向こうに行って帰ってきた人間なんていない。死んだ人間が行く世界なんて皆都合よく想像されている。

「……」

「テンマ」

「ん…」

「手、止めろ」

「往来で堂々と繋ぎたい…」

「…駄目だって」

 まだそう言うのは指差されるんだからとカケルに触れようとした手は宙をさ迷った。

 何だかこのまま迷子になりそうな気がしそうだと思うと見覚えのある男性が歩いていた。

「…あ」

「あ」

 カケルも気付いて声を上げる。

 前に怪我をしていたホームレスの男性だ。

「…声かける?」

「ん~…」

 問題なく歩いているように見えるし別に話しかけなくても大丈夫じゃないかと思ったが、先に向こうがこちらに気付いて頭を下げる。

 こうなったらこちらもそのまま通り過ぎるわけにはいかない。

「こんちは」

「ど、どうも前は…」

「怪我は平気です?」

「み、み、みての通り」

「…平気そうだな浅かったんだ」

 今日はあの駅にいないのかと尋ねると炊き出しがこの近くであったため歩いて来たらしい。これから寝るのに最適なあの駅まで歩きで戻るらしい。

「…歩きだと二時間はかかるでしょ?」

「かかる、けど平気です」

「電車代出すよ?倒れちまうぞ?」

 小銭はいくらかあったはずだと財布を出そうとするがそれを制止させられてありがとう、ありがとうと繰り返し言われる。

「……おじさん家族は?」

 首を振る。

「友達や…頼れる人は?」

 また首を振る。

「……そっか」

「あなた達は?」

「え?」

 先ほどまで喋り慣れていないように話していたのに急に流暢に話し始めて驚いた。

「えと…俺達は」

「……」

「俺達は…」

「…恋人同士」

「あ、カケル」

「…何て、冗談」

「あぁやっぱり」

「…やっぱり?」

 やっぱりあなた達は恋人同士なんだと、ホームレスの男性は話す。何でも自分はそう言う雰囲気にすぐ気付けるらしく纏う雰囲気が恋人同士のそれだったため分かっていたらしい。

 まさか見抜かれるとは思っておらず、しかも引く事も無くお似合いだと言っている。

「……おじさんぐらいの年齢の人は…ホモだ何だと気持ち悪く思うと思ってました」

「俺もそう思ってました…」

「そんなの何も、何も思わない。私ぐらいの年齢だともう…そんなの驚かない」

「おじさん何歳なんですか?」

「千は越えたね」


 冗談言うんですね。

 冗談じゃあないよ。


 偶然再会を果たしたホームレスの男性は自分達を認めてくれた。それが何だか世界が広まったような優しく包まれたような気がした。

 結局電車代も受け取らないでいた男性に認めてくれたのが嬉しかったからとカケルと一緒に飲み物とおにぎりを少し渡した。それを受け取りまた、何度も頭を下げていた。

「…いいかな」

「何が?」

「認めてくれた…分かってくれた人もいたし…」

「うん」

「残り時間、とにかく遊んで過ごすか?」

「………う、ん」

「…納得してないな」

「…いやだって」

「はいはい泣くな」

 カケルの中で決意は固まったらしい。こっちはまだまだ揺らいでいる。

 それじゃあ自分はカケルの希望通りにしてやる。

 それでもそのこれから刻まれる記憶も三日後には代役によって塗り替える事になるんだろうか。


 

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