第17話「次なる道へ」
光歴六六一年四月一日午前三時。
ゲファールリッヒを半永久結界にて封印。
結界が安定したことが確認され、ダンジョン総括機構は作戦終了を世に告げたのだった。
それから一夜が開け、その当事者だったローレ一行は、ネルの住む街『ウーレン』の冒険者ギルド一階の酒場で朝食をとっていた。ローレの着る服は事前に用意していた予備の新品になっていて、顔色も良く見える。
木でできた四角い机越しの対面、ネルの隣にぷかぷかと浮かぶめーちゃんが、小皿に分けられたポトフに息を吹きかけて少し冷ませてから飲み、恍惚とした表情で声を上げた。
「はっふっ、うっ、美味いめ!! こんなの食ったことないめ……!」
「めーちゃん、声小さく小さく……! しー!」
ネルが慌ててめーちゃんの口に手を当てる。しかし、時すでに遅し。同じように食事をとる冒険者達の視線が一斉にめーちゃんへと集められた。それがローレへと移り、ギョッとした顔で冒険者達は視線を逸らした。
まあ、それも一瞬で、彼らはすぐに昨夜の話に戻ったようだったが。
「火傷しないように、ゆっくりと食べなさいよ?」
ローレが穏やかな声色でそう言うと、めーちゃんとネルは「勿論!」といった顔で、親指を立てた。
ローレは内心、そんな光景を微笑ましく思っていた。
ダンジョンの底でネルと交わした約束を、こうして生きて果たせていることが、どうしようもなく嬉しかったのだ。
「ネルももっと遠慮なく食ったらいいのに、勿体ないめ。いらないならヌシがもらっていくめよ?」
めーちゃんの囁きに、ネルはゴロゴロと大きく切られた具材たっぷりのポトフを自分の方へサッ、と引っ張ってふるふると頭を横に振った。食欲旺盛で大変喜ばしい事だ。
そうして三人は湯気立つ料理をパクパクと口に放り込み、咀嚼し、ポトフとサラダをものの十分で平らげてしまった。
考えれば当然だろう。
ゲファールリッヒ攻略戦直後、ローレ一行は鉛のような身体に鞭を打ち、適当な宿で体を洗い流してからすぐに就寝した。故に、長時間もの間食事をとっていなかったのである。
また、朝食の場をギルドの酒場にした理由は、ネルの冒険者登録や、ゲファールリッヒで回収した遺品をギルドへ渡すのをスムーズに終えるためである。
紙ナプキンで口元の汚れを上品に拭き取り、ローレが先程よりも少し引き締めた表情で話を始めた。
「さて、私達の今後についての確認をしましょう」
カラコロとグラスに残った氷を転がし、ローレはニコりと微笑む。金縁のモノクルが朝日を反射した。
「まず、ネルさんを冒険者として登録しなければなりません。それが一つ目です」
人さし指を立ててローレは続ける。
「次に、これはまだ話していなかった事ですが──四日後に予定されていた暴食の顎の攻略依頼がキャンセルとなりました」
ローレの言葉にめーちゃんが眉を上げて反応する。
「確か、リールとか言ったヤツが王級ダンジョンって言ってたやつだめ?」
「御名答です」とローレがめーちゃんの頭に手を伸ばすと、きしゃーと威嚇してネルの頭へ飛んでいってしまった。
めーちゃんに代わり、ネルがローレへ問いを投げる。
「何があったんですか?」
「それがですねぇ……シリエさんが私に対して「我が主は働き過ぎです! この機会に休暇をとりなさい!」と大勢の前で言いまして。私は構わないと言ったのですが、それに雷霆の皆さんや、リールまで加勢しましてね……見事に言いくるめられてしまいました」
ことムート達に至っては、「天光へと階位が上がったから、師匠の代わりに暴食の顎を攻略する」と宣言する始末。有り難くはあるのだが、ローレの性質上素直に受け入れる事ができていないのである。
それにめーちゃんはやれやれと息を吐き、ローレの頭の上にパタパタと着地した。
「それで、話はそれだけじゃないめ?」
頭上から響くめーちゃんの言葉に少し驚き、ローレは話を再開する。
「その通りです。ズバリ次に我々が向かうのは『温泉郷マリアイナ』。ここウーレンから東に一八〇〇キロメートル先、『亜人統治国家パライマリン』に存在する幻の都だとか」
「亜人、統治国家……! 温泉郷……! 何か楽しそうな響きですね!」
ネルがローレの言葉に目をキラキラさせて身を乗り出した。長年使われてきた木のテーブルが、ギシリと音を鳴らして揺れる。
亜人──
ローレ達人間種と違い、亜人種、或いは獣人種と呼ばれる種族を指す言葉だ。
頭には様々な動物の特徴をもった獣耳、そして尻尾を生やし、聴覚と嗅覚、そして身体能力が優れている。
そう。シリエ=エレイソンは亜人なのである。
さて、話を戻そう。
何故このようなタイミングで遥か遠くに存在する、亜人統治国家へ足を運ぶのか。
それは──
「『呼び鈴』という言葉を、聞いたことはありますか?」
「……急に話が飛んだめね? 勿論ヌシは知らんめ!」
「はい、私も聞いたことがないです」
ローレの急な問いにネルとめーちゃんは首を傾げる。
ローレの言葉に少し熱が入った。
「昨夜の事件によって、突然ダンジョンがイレギュラーを起こし、魔導警戒レベル五の事態へ発展する可能性が浮上しました。というのも、昨夜は奇跡的に聖王国兵団が南部に発生した新たなダンジョンの調査に出向いていたため、ゲファールリッヒに近かったこと──シリエ、雷霆の面子が最速で駆け付けてくれたこと──その他にもかなりの要素が複合したお陰で沈静化、封印することができました」
ローレの表情から笑顔が消える。
「通常、シリエや私のような辺境潰し内でも序列二十位以内の者は、大陸全土に均等に配置されています。実力者を中心点として、総括機構の采配で沈静化任務を振っているのですよ」
ローレの口から語られたのは辺境潰しの裏事情だった。
この世界は一つの大陸『パンゲア』の上に存在している。歪な円形の大陸であり、その果ては生命が生存することが不可能な絶氷河が広がっていると言われている。
その円の外周近く──つまり、『辺境』に序列二十位以内の者が円形に配置され、ダンジョンの成長周期毎に回転するように大陸を巡っているのだ。
一見完璧に近いシステムのように思えるが、それに異を唱えたのは、まさかのめーちゃんだった。
「なるほどめ。そのシステムのままだと、今回みたいな時に戦力が集まるのに時間がかかるってわけめね」
言いたいことを言い当てられたローレは、めーちゃんの頭の回転の速さに顎に手を当てた。しかし、それに「でも……」とネルが手を挙げた。
「でも……それを崩すのは難しい、ですよね?」
「ふむ、二人とも賢いですねぇ。どちらの言うことも正しいとだけ、言っておきましょうか」
ローレは二人の考えに満足したように頷き、そしてこう言った。
「その二つを解決する魔道具が、温泉郷マリアイナに存在するという噂を、シリエから聞いたのですよ。その魔道具の名は『呼び鈴』。所持者が持つ『本体』が魔力を込めて鳴らされると、『分体』を持つ共有者が、本体の元に転移できるというシロモノです」
「はえ〜〜とんでもないアイテムだめね! つまり、ヌシらは休暇ついでに、その呼び鈴ってやつを探すってことめ?」
めーちゃんが少し興奮気味にローレに言った。表情と羽根の動き的に、これからの旅路を楽しみにしているように見える。
対してネルは、情報量に追いつけず、目がグルグルしているように見える。めーちゃんの方が理解が早いとは、これいかに。
(いえ、これはめーちゃんの理解が早いだけな気がします。ネルさんの反応が通常かもしれませんね)
ローレはめーちゃんの言葉に頷いた。
ネルがそれにパアッと顔を明るくし、口元で両手を軽く合わせて言った。
「それじゃ、行くんですね! ……温泉郷に!」
「無論です──が、冒険者としての鍛錬や、道中のダンジョンの沈静化は忘れてはなりませんよ? 温泉郷についてはご心配なく。私も行きたいと思っていましたので」
「やった! めーちゃん、温泉ですよ! 温泉!」
「うぶぁうっうぉうあふぶ──」
ネルがめーちゃんの体をガシッと掴み、喜びを分かち合うかの如く、ブンブンと縦へ振る。
ネルとめーちゃんは間違いなく、此度の攻略戦の功労者だ。どちらかが欠ければ、ローレはきっと死んでいたし、ネルの治癒魔法がなければ成れ果ての防壁は崩せなかっただろう。
ご褒美ぐらいあってもいいだろう。
話が纏ったローレ達は、皿を重ねて席を発った。ローレは細剣とパリングダガーを、ネルは所有していた替えの服や生活必需品を詰め込んだ、体躯に似合わない大きなリュックを背負って。
「それでは、冒険者登録を終わらせてしまいましょうか、ネルさん?」
「は、はい!」
ふぬぬ、と口をへの字にしてネルがローレの言葉に頷いた。ローレの四次元収納の容量が空き次第移す約束なので、それまでの辛抱である。
そして、それを後方からじっと見つめるのはめーちゃん。ローレとネルは見ていなかったが、その顔は笑顔でも疲れでもなくて、何処か懐かしいものを見ているような表情だった。
さて、冒険者登録を済ませるための受付はここ冒険者ギルドの二階。楕円形の酒場の左右端にある緩やかな階段を登った先にあるのだ。
ローレの階段を登る動きは昨夜の戦闘を想像させないほどに滑らかだった。序列二位の辺境潰しは体の回復速度も早いのである。
そんなローレは何度もリュックの重さで転びかけるネルの手を引いてあげ、最終的に、めーちゃんが少しリュックを噛んで持ち上げていた。
「それでは、並びましょうか」
「は、はい!」
「おお〜〜強そうなヤツがいっぱいいるめ!」
二階は一階と空気が違っていた。
熱気、喧騒──受付の反対側の壁に張られた依頼板には、武器を装備した様々な冒険者達が見られた。その数は普段よりも多いように思えた。
(恐らく、ゲファールリッヒ攻略戦の影響でしょう。街からそう遠くないダンジョンが氾濫を起こしたのですから、稼げる依頼があるうちに稼いでしまおう、といった具合でしょうか。この付近でゲファールリッヒ以外のダンジョンが氾濫を起こす事は万に一つもないと思いますが、人は底なしに心配する生き物ですからね)
ローレがふむふむ、とモノクルを弄りながら目を細める。
ちなみに、ネルとめーちゃんはガチガチに固まっていた。それは何故か?
「ろ、ローレさん? 何か凄く視線が集まってる気がするんですけどぉ……」
「ヌシは悪い魔物じゃないめヌシは悪い魔物じゃないめ」
ローレはもう慣れている視線も、ネルとめーちゃんは初めての経験。三年前は辛かったな、とローレは内心思いつつも、何も言わずに受付の列へ歩みを進めた。
そして受付の番が回ってきた頃には、ネルとめーちゃんの語尾は溶けてしまっていたのだった。




