029-『医者の領分』
俺は村長に、全員を集めるように言った。
そして、集まった面々の前で言う。
「皆、エリスを助けるために血が要る。だが、異なる血は受け入れにくい。似た血を持つ者を判別する手段を俺は持っている、どうかエリスのために血を頂けるか?」
我ながら唐突で、怪しく、そしてどうしようもなく無茶な願いだった。
俺は語彙の乏しさを呪った。
彼女を救うものは誰もいないだろう、そう思っていたのだが。
手が、挙がった。
「お...おいらで良ければ...!」
「ず、ずるいマネしやがって、俺も!」
「俺だって!」
「あたしも!」
「わしではいかんのかね!?」
村人の殆どが、手を挙げた。
そればかりではなく。
「他所から集めるべきか、お医者殿!?」
「待て...何故、そこまで協力的になってくれる? 俺は余所者で....」
正直、無理だと思った。
俺は何てコミュニケーション能力のない人間で、こういう時焦りに引っ張られる愚かな人間だと。
「当然だとも。俺たちは、ぜってえに恩は忘れないだ」
「エリス様は、何度も村の危機を救ってくれた!」
「お医者様も、俺の妻を蘇らせてくれた! 二度と会えないと思ってたのに!」
どの村人も、エリスか俺に恩を受けていた。
だからこそ信じると言ってくれた。
「......感謝する!」
俺は複数の村人から血を貰い、それを魔力管を通して輸血した。
この際多少の細菌の侵入は看過しなくてはならなかったが。
彼女の自己免疫に期待する。
素早く腕を治癒し、結界を張り、煮沸消毒したメスを入れて開腹する。
血を回復魔法の応用で止め、異常魔力の源だった器官を発見する。
硬化して、まるで宝石の様に煌めいている。
おぞましいな。
「切除する」
これを切ってどうなるかは、俺も分からない。
何故なら、死体の解剖ではこんな臓器を一度も見たことが無いからだ。
手早くそれを取り除き、縫合を回復魔法で代用した。
「.....治療は済んだ」
「おおおおおお!!」
「流石、お医者殿!!」
結界を消した俺は、村人たちに迎えられた。
その後、宴に巻き込まれる。
飲めや歌えやの大狂乱で、仲間たちも加わって楽しい時間を過ごした。
――――そして、目を覚ましたエリスに俺はこう言った。
「エリス、まだ料理は残っているぞ」
「...........何故、生かした?」
「原因は取り除いた。それでどうにかなるかは分からないが」
「......理由を聞いている」
彼女は強情だ。
だから俺は言ってやった。
「お前の馬鹿馬鹿しい夢を叶えるんだろう、死んでもらっては困る」
「――あ」
彼女自身、忘れていたのかもしれないな。
その目から涙が溢れ出すのを、俺はただ見ていた。
ただ見ていたわけではない。
目頭が熱くなり、嗚咽を漏らすことを我慢していただけだ。
そして、彼女を中心に光が輝いていく。
「ありがとう、タマキ殿.....私が掴みたかった未来が、遠くに見える」
「エリス......」
「....またね」
夢の終わりか。
だが、それは夢の崩壊ではない。
目覚める時が来た。
世界が、移り変わっていく。
夜明けが来ると同時に、俺たちは稲穂が靡く中の畦道に立っていた。
ここが、現代か。
やはり、過去だったんだな。
「あ、環さん! 風景が全部移り変わって.....泣いてるんですか?」
「泣いてなどいない」
「声が震えて....」
「病気かもしれないな」
俺はあえて気丈に振舞い、その場を後にした。
あの時飲み食いしたものは、胃の中から消えていなかった。
夢は夢で終わらなかったのだ。
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