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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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お祭り練り歩き 前編



 その年の秋は邪馬台国やまたいこくにとって、未だかつてないほどの豊穣の季節となった。


 朔がもたらした知恵――純白の塩、鉄の農具、そして家畜の導入――により、国のあり方は根底から塗り替えられ始めていた。


 宮殿の貯蔵庫は黄金色の稲穂、あわひえが天井に届くほど高く積まれ、例年の倍近い収穫があったことを示していた。


 そんなある日のこと。

 卑弥呼は、弟のタケヒコと共に、広大な貯蔵庫の視察に訪れていた。


「見事なものだな、タケヒコ。これも全て、サクがもたらした『知恵』のおかげか」


 だが、卑弥呼はふとその表情を曇らせた。


「……タケヒコ。今月は例の『新嘗の供物比べ』の月であったな」


「はっ。その儀、いかがいたしましょう。これほどの豊作、諸国の豪族たちも例年になく見事な品を献上してくるものと思われますが……」


「……中止とせよ」


 卑弥呼の、唐突な一言にタケヒコは目を見開いた。


「姉上!? そ、それはいかなる……! あれは、諸国の忠誠を確かめる重要な儀式に――」


「無駄だ」と卑弥呼は、冷ややかに言い放った。


「もはや、意味がない。せっかく彼らが命がけで狩ったという猪の肉も、彼らが苦心して集めた木の実や果実も、多くのものが無駄に王宮に集まり、十分に利用されていない現実があろう。何より」


 彼女は、宮殿の北側――朔の工房と、家畜小屋が並ぶ一角――を見つめた。


「現在、サクがこの上ない食材を王宮のそばで育ててくれているのだ。村々の食糧となるものは、その村々で無駄なく食してもらうべきだろう。王宮はもはや、外から『最高のもの』を集める必要などない」


 タケヒコは、その絶対的な合理性にぐうの音も出なかった。

 確かに朔は王宮内の土地に、隙間があらば次々とガラス張りの温室を建て、様々な作物を育てている。


 いや、作物だけではない。

 家畜とて、もはや馬鹿にならない数がいる。


 そこから生まれる肥料が、さらに作物を育てていくのだ。


「……御意のままに。すぐに中止の触れを出させます」


「うむ」


 だが卑弥呼は、どこか浮かない顔をしていた。


「……だがな、タケヒコ。そう決めてはみたものの……まつりが無くなるのは、忍びない」


「……はあ」


「あの都全体が浮き足立つような、活気。人々が集い、食を囲んで笑い合う、あの雰囲気。それまで失ってしまうのは、あまりにわびしいとは思わぬか……?」


 その会話を、卑弥呼の夕餉ゆうげの相談のために訪れていた朔が、偶然耳にしていた。


「陛下。タケヒコ様。聞いてしまったのですが」


 朔は静かに、二人の前に進み出た。


「もし陛下が『活気』をお望みであれば、一つ、私からご提案が」


「サクか。申してみよ」


 朔はかつて、自分がまだ何者でもなかった頃、カイナ村の子供たちのために都で開いた、あの屋台のことを思い出していた。


「『供物比べ』は、諸国の豪族が、陛下お一人に富を献上する儀式。それ故、民はその輪の外にいます。……ですがもし逆に、我らが民に『恵み』を分け与える祭りを開いたとすれば、どうでしょう」


「……恵みを、与える?」


「はい。代わりに宮殿の門前町もんぜんまちに、あの天道市のように、我らが屋台を並べてはいかがでしょうか。民のために」


 朔の言葉に、卑弥呼とタケヒコは顔を見合わせた。

 朔は、熱っぽく続けた。


「この豊作は民の労働の賜物たまもの。その恵みを、民に還元するのです。私の工房で働く料理人たちや宮殿の者たちに、屋台を出させます。彼らが作った、新しい料理や保存食――あの『腸詰め』や『パン』、そして『白き泡(石鹸)』――それらを民に格安で売るんです」


「……格安で?」


 朔は頷いた。


「儲けるためではなく、手に取ってもらい、それを広めるためです。民はこれまでにない美味うまさに触れ、陛下への感謝を新たにし、生活の質も向上し、格安とて国にはそれなりに還元がありましょう。これこそ、真の『豊穣の祭り』ではないでしょうか」

 

 そのあまりに革新的な提案。


 民から搾取さくしゅするのではなく、民に与え、そして民と共に豊かになる。


 卑弥呼の目に、あの、新しい「ことわり」を見つけた時と同じ、強い輝きが宿った。


「……素晴らしいぞ、サク。それは私の望んでいた夢ですらある。――タケヒコ、すぐに手配せよ! いつもの供物比べの日に、都で邪馬台国やまたいこく始まって以来の、『食の祭り』を執り行う!」




 ◇◆◇◆◇◆◇




 約二週間後。


 都の門前町は、信じられないほどの熱気に包まれていた。


 卑弥呼の勅命により、宮殿の料理人衆が、それぞれに工夫を凝らした屋台を並べ、朔が工房で生み出した、新時代の食材や調味料を使った料理を、民に提供していた。


 町には鉄板が焼ける音、脂が爆ぜる音、そしてこれまで誰も嗅いだことのない複雑で、芳醇で、食欲を刺激する香りが満ち溢れていた。


 その喧騒を、五人のどこか場違いな集団が、興奮した面持ちで眺めていた。


「おお……! すごい匂い……! これが全部食べられるのか……!」


 高価そうな麻の衣を纏い、顔を布で半分隠してはいるが、その瞳は好奇心で爛々と輝いている。

 女王・卑弥呼その人だった。


「姉上! 声が大きすぎます。お忍びだということをお忘れか」


 その隣で、裕福な商人といった風情の衣を着たタケヒコが真っ青な顔で周囲を警戒している。


「本当に大丈夫なのだろうな……」


 タケヒコは後ろを振り返り、旅芸人の格好をしたハヤトにちらりと目を向ける。

 ハヤトは「ご安心を」という顔つきで頷き、数歩後ろをしっかりとついてきている。


「ユズリハもいます」


 護衛の従者といった風情の朔が、苦笑しながら答えた。


 その言葉通り、一行の数歩先でユズリハが、町娘のような出で立ちで手を後ろで組み、その赤みがかった巻き髪を揺らしつつも猛禽のような鋭い視線で群衆を監視していた。


 しかし、そのユズリハの隣でただ一人、お忍びの意味を全く理解していない者が目を輝かせて飛び跳ねていた。


「サクサクサクサク! あれ! あれ食べたい! あの串に刺さった、黒くて艶々してるやつ!」


 朔の自称弟子、橙髪のアカネだった。


「アカネ」朔が小声で叱る。


「今日は、陛下とタケヒコ様をご案内するんだ。お前は荷物持ちだぞ」


「えー!?」

 

 卑弥呼はその、まるで本物の家族の遠足のような賑やかな雰囲気に、心の底から楽しそうに笑った。


「良い、良い。アカネ、私もあれが気になるぞ。さあサク。屋台の『はしご』とやらを始めるぞ! まずはあそこだ!」




 ◇◆◇◆◇◆◇




 一行がまず向かったのは、アカネが指差した最も香ばしい匂いを放つ屋台だった。


 屋台の看板には「さく」の名が丸で囲まれて描かれている。


「へいよっといで! 宮廷料理人一位・サク様の焼き鳥屋だよ!」


 そこでは料理人衆の一人が、朔が飼育を始めた「鶏」のモモ肉を串に刺し、炭火で丁寧に焼き上げていた。


 卑弥呼が看板を見て笑う。


「あはは、サクよ。名店印だな」


「誰が指示したんです、これ」


 朔はちょっと恥ずかしい思いをしながら、顔を伏せて寄っていく。


 客は8人ほどが、列を作って並んでいる。

 朔たちはその後ろに並んだ。


「ご苦労さん。これを五本くれ」


「へい、サク様」


 朔が銭を渡す。

 受け取った串を見て、タケヒコがじっと見る。


「サク殿、これは……」


「まあ食べてみてください。私がつくったタレです」


 卑弥呼がおそるおそる、その串に一口かぶりついた。

 瞬間、彼女の目が驚きに見開かれた。


「……っ!甘い!? いや、甘辛い……! そしてこの香ばしさは……!」


 それはただ塩を振っただけの焼き物ではなかった。


 朔が工房で生み出した「弥生水飴」と、熟成させた「醤」、そして蒸留させた酒を煮詰めて作った『秘伝のタレ』が、鶏肉に何度も何度も重ね塗りされながら焼かれていたのだ。


「……美味い……!」


 卑弥呼は夢中になって、それを頬張った。

 タケヒコも一口食べて、その深みのある複雑な味わいに言葉を失った。


「米が欲しくなる」


「そうだろうと思い、ちいさな結びを用意してあります」


 朔が目配せすると、屋台の男がにやりとして、笹の葉につつまれたそれをいくつか出してくる。


 そこには海苔が巻かれた、こじんまりとした『おむすび』がちょこんと鎮座していた。


「どうぞ。でもこれでおなかいっぱいにすると、後が続きませんよ」


 朔が言いながらも、自分でとって頬張った。


「あ、ずるーい!」


 アカネもひょい、と取るや、次々と手が押し寄せておむすびはなくなってしまう。


「………♡」


 皆が無言になって、しばしタレ鶏とそのおむすびを味わう、もぐもぐタイムである。


「はぁ、……うま~」


「いや、今日はこれだけでいい」


 タケヒコは右手に三本目の串、左手に三個目のおむすびを持ち、それをぐいぐい口の中に押し込みながら、そんなことを言った。


「このタレ、あたしが今朝、甕から汲んだんですよ!」


 アカネが、自慢げに胸を張る。

 が、味わいに集中している者ばかりで、だれも聞いていない。


「卑弥呼様! 次はあの白い煙が上がっているところ!」


 めげずにアカネが次に指差したのは、巨大な鉄鍋で、何か白い汁物を煮込んでいる屋台だった。

 ここも、丸で囲まれた「さく」の名前がある。


「……ほう、あれは?」


 卑弥呼が首を傾げる。

 屋台に着くと、そこには猪や鹿の骨とは違う、優しいまろやかな香りが立ち込めていた。


 ここもすでに10人以上の客が列をなしている。


「いらっしゃいませ♡ 宮廷料理人第一位・サク様のシチューにございます。どうぞご賞味を」


「その枕詞、言わなくていいですよ」


「うふふ」


 顔なじみの侍女が、照れる朔を見て微笑む。


 その手がゆったり混ぜる鍋の中では、彼らが育てた鶏の肉と、里芋や、野蒜の原型である玉ねぎが、白くとろりとした汁で煮込まれていた。


「これは、先日の『ホワイトシチュー』です」


 朔が説明した。


「ちょうどトキハ様がいらしていた時につくった、あれですね」


「おお、パンの中にあった、あれか!」


 タケヒコの目が輝く。


 少々の待ち時間の後、熱々のシチューが、木の椀に注がれる。

 卑弥呼は、匙ですくい、一口、口に運んだ。


「…………!」


 目を見開く。


(……濃い……。そして、温かい……)


 出汁の鋭い塩気や、醤の香りとはまた違う。


 牛乳とバターが織りなす、どこまでも優しく、まろやかで濃厚な「コク」が舌を包み込んでくる。


 鶏肉は口の中でほろりと崩れ、玉ねぎはとろとろに溶けて、甘みだけを残している。


「これぞ冬を越すための力の味だ。体の芯から溶けていくようだ……」


 卑弥呼が味わいながら、目を閉じ、うっとりとする。


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