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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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安芸の復讐と幻の魚3



 そして糸。

 岩にゴリゴリと擦れる感触が手元に伝わる。


 普通の麻糸なら一瞬で切れている場面。


 だが松脂で固めた「弥生式PEライン」は、岩肌を削りながらも耐え抜く。


「くっ、とんでもねぇぞこいつ!」


 底なしの体力に、朔の息が上がる。

 だが、負けるわけにはいかない。


「――サク! だめ、無理よ、引き込まれる!」


 ユズリハが叫ぶ。


「負けるかぁぁぁ!」


 感覚がなくなっている四肢で踏ん張り、仰け反ってリールを巻く。


 凶悪なまでの暴力で海に引き込まれそうになるのを、何度も何度も耐える。


 十数分に及ぶ死闘。


 その様子を遠巻きに見ていた斯馬国の漁師たちが集まってきた。


「なんだあの引きは……」


「なんであれで糸が切れんのじゃ」


 やがて、水面に巨大な影が浮上した。

 美しい鯛とは似ても似つかない、黒褐色の、岩塊のような不気味な塊。


「う、うわあああっ!?」


「おい! 見ろ!」


「なんだあれはッ!?」


 それを見た瞬間、漁師たちは悲鳴を上げて後ずさった。


 誰も見たことがない。

 誰も釣り上げたことがない。


 ――岩場の主、規格外の海の怪物。


「あんな魚がいるのか……!?」


「不気味だ……まるで地獄から這い出してきた岩だぞ」


たたり神じゃないのか!?」


 恐怖と嫌悪の声が飛び交う中、朔とユズリハはタモを使い、とうとうそれを引き上げた。


「や、やった……」


 朔がへなへなと座り込んだ。


 幻の魚、『九絵クエ』であった。

 現代の尺度で言うと、体長1メートルを軽く超えている。


 そのグロテスクな巨体は、周囲の人々を戦慄せんりつさせるに十分だった。


 朔はすぐにナイフを取り出し、眉間を突いて魚を締め、血抜きを行う。そしてまだ寝ていた監視人の漁師を叩き起こして見せる。


「う、うひゃああぁ!?」


 監視員の漁師は驚いて、後ろの海に落ちそうになっていた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 翌日、決戦本番。


 調理場となる天幕の下、審査員席には、斯馬国の王をはじめ、出雲国のオオクニ、越のヌナカワ、そしてジリトと卑弥呼が座っている。


 張り詰めた空気の中、隣席の越の女王ヌナカワが、おうぎで口元を隠しながら卑弥呼にささやきかけた。


「卑弥呼様……今回ばかりはさすがのサク様でも厳しいのではないでしょうか。相手は海の民、しかもあの大きさの真鯛……」


 卑弥呼は、これみよがしに置かれている安芸の国の真鯛に向けたまま、小さく息を吐いた。


 その指先は、膝の上で強く握りしめられている。


 卑弥呼は、朔が望んでいた魚を釣り上げたことまではタケヒコから聞いていたが、実物までは見ていなかった。


「いや……サクならやってくれよう」


 不安を押し殺すように、卑弥呼は答えた。


「あやつは、常に我らの想像を超えてくるのだ。今回も信じている」


「卑弥呼様……」


「それでは、これより審査を開始する!」


 斯馬国の審判員が宣言した。


「まずは一本目、『魚体の大きさ』の勝負である!」


 ジリトが自信満々に立ち上がり、もはや止められずに笑い出す。


「ハッハッハ! いやはや、これを見て、出すのが憚られているようだな。一本目は我々の不戦勝のようなものだ」


「全くです」


 安芸の国の料理人、シオドウが恭しく捧げ持ったのは、見事な真鯛。


 計測の結果、「三尺(=約70cm)」。


 冬の真鯛としては文句なしの大物である。

 会場から「おおっ」と感嘆の声が上がる。


「どうだ! これが海の王者の実力よ。さて、邪馬台国はどんな小魚を持ってきたのかな? アジか? イワシか? ハハハハハ!」


 ジリトが嘲笑を浮かべて朔を見る。


 朔は無言で、足元の木箱を開けた。

 そこから、ユズリハと二人がかりで、黒い物体を持ち上げる。


 ドスン。


「……は?」


 計測台に置かれたその質量感に、会場が静まり返った。


「な……なんだそれは……?」


 ジリトとシオドウの目が、点になる。


 計測の結果、「五尺五寸と少し(=128cm)」。

 鯛の倍近い、圧倒的な巨体。


 ジリトが、真っ青になった。


「ば、ばばばばば、バカな! 岸からこんな化け物が釣れるわけがない! どこかの市場から買ってきたのではないか!?」


 ジリトが思い出したように叫ぶが、斯馬国の漁師たちが証言する。


「い、いや、昨日の夕方、あそこの磯で釣り上げるのを見ました……」


「まるで岩が動いているようでした……」


「ていうか、こんなの売ってませんわい」


 一本目、勝者・邪馬台国。


 ジリトは青かった顔を真っ赤にして歯ぎしりした。


「くそっ……だが、勝負はここからだ! どうせあんなグロテスクな魚、マズくて食えたものではない!」


「では、二本目と三本目、料理対決の調理を開始せよ! 制限時間内に二品そろえること!」


 斯馬国しまこくの審判員の合図が、一触即発の空気を切り裂いた。


「はじめっ!」


 その声と同時に、二人の料理人が動いた。


 シオドウの手元には、先ほどの極上の真鯛。

 朔の前には、巨大で黒い塊・久絵。


「ふん、あんな岩のような魚が時間内に料理になるものか」


 シオドウは不敵に笑い、鯛に包丁を入れた。


 その手際は流れる水のようだ。

 鱗を飛ばし、内臓を傷つけぬよう一息に取り除く。


 そして、身に切れ込みを入れ、全体をうねらせるように太い串を打つ「踊り串」。


 仕上げに取り出したのは、白く輝く塩だ。


「出たぞ! 安芸の秘宝『満月の藻塩』だ!」


 観衆がざわめく。


 朔の予想の通り、前回のテーマであった至高の塩を、今回は魚の引き立て役として惜しげもなく使う。


 炭火の上にかざし、遠火の強火でじっくりと。


 パチパチと炭が爆ぜる音と共に、鯛の脂が滴り落ち、香ばしい煙が立ち上る。皮目はパリッと、中はふっくらと。完璧な火入れだった。


 だが、シオドウの手はそこで止まらない。

 彼は捌いた鯛の頭と中骨を捨てず、丁寧に血合いを洗い流すと、別の鍋で出汁を取り始めた。


「ルール通り、汁物は『真鯛の潮汁うしおじる』。そして主菜は『真鯛の塩焼き』だ。この透き通った出汁こそ、新鮮な鯛の証!」


 一方、朔は静寂をまとったかのように、淡々と動き出した。


 制限時間は一刻(二時間)。


 巨大魚を捌き、さらに煮込み料理を完成させるには常識的に考えれば時間が足りない。


 だが、朔の表情に焦りは一切ない。


 彼の手には淡く輝く、製作時に会心の出来となった『祝福された包丁』。

 そして頭の中では、すでに最短かつ最善の調理工程が組み立てられていた。


 一メートルを超えるクエの鱗は、細かく硬い。


 朔は包丁を寝かせ、鱗を皮ごと薄く削ぎ取る「すき引き」の技術で、まるで紙をめくるように処理していく。


 その手際は、無駄な力が一切入っていないにも関わらず、驚くほど速い。


 巨大な頭を断ち割る場面でも、彼は力任せに叩き切ることはしなかった。

 骨の継ぎ目を冷静に見極め、的確に刃を入れていく。

 

 ダンッ。

 

 切れ味の鋭い音が響く。


「は、早い……!?」


 シオドウが目を瞠る。

 毎日のように魚を相手にしている自分よりも、朔の処理は上だった。


 クエの無骨な外見の下から現れたのは、白磁のように美しく、脂を湛えた純白の身。


 朔は手際よく身を切り分けると、中骨や頭、ゼラチン質たっぷりの皮といった「アラ」を、包丁の背でガンガンと叩き割った。


 ガツン! ガツン!


 骨の髄まで露出させるように、徹底的に砕く。


「……おい、あれは何をしているんだ?」


「わからん、時間もないのに……」


 周囲がざわめくが、朔の集中は途切れない。

 彼は砕いたアラを、熱した大鍋へ放り込んだ。


 ジューッ!!


 油で表面を一気に焼き付ける。香ばしい匂いが立ち上る。


 そこに、用意しておいた大量の熱湯を一気に注ぎ込んだ。


 ボコボコボコッ!


 火力を最大にして対流を起こし、スープを乳化させるのである。


 本来、白濁スープは何時間もかけて煮出すものだが、2時間という制限がある以上、最適解はこれになる。


 骨を徹底的に砕いて表面積を増やし、油で焼いてから熱湯を注ぎ、強制的な対流で旨味を抽出するのだ。


 鍋が吠えるように煮立つ横で、持参した籠から取り出した野蒜ノビル浅葱アサツキといった野生の香味野菜を切り分け、投入した。


 さらに、解体で出た中骨の周りの身をこそげ取り、山芋をつなぎにして練り上げた「つみれ」を次々と落としていく。


 強火で白濁していくスープに、野菜の香りとつみれの旨味が溶け込んでいく。


 朔は続けて、刺身の準備にかかる。


 皿を取り出すと、アイテムボックスから取り出した「氷」を細かく砕き、皿一面に敷き詰めた。


 その上に、透き通るほど薄く引いたクエの身を、一枚、また一枚と花びらのように盛り付けていく。


 さっきまでの怪物の面影はどこにもない。

 そこにあるのは、氷上で咲き誇る大輪の花だった。


「やめっ!」


 終了の合図と同時に、両者の料理が完成した。


 朔の大鍋からは、白く濁った濃厚なスープが、とろりとした香りを放っていた。

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